自著を語る

『図説 日本の漢字』
  著者/小林芳規
 (B4判変形版,216ページ)
 17,000円(本体)
 1998年/大修館書店
 

文・ 小 林 芳 規


角筆の新知見を文字文化史の中へ
 夢は深く抱きつづけると現になるものとは、角筆が教えてくれた理である。
 "古代紙の紙面を凹ませて文字や絵を書いた、角筆という昔の筆記具が、毛筆と並んで、かつて全国的に使われ、それで書かれた古文献が日本中に遺存するに違いない"こんな夢が、広島大学を定年退官する頃に生まれた。あれから十年、気づいてみると、北は北海道から南は沖縄の八重山群島まで歩いていた。そして、四十七都道府県の全県下から角筆の古文献が発見された。百点余りだった文献は三千点近くになった。
 この古代以来、筆記具として使われた角筆とそれで書かれた古文献とを、日本の文字文化史の上に位置づけてみようというのが、この本を執筆した動機である。幸いに、図説によって、漢字の歴史を、文字文化に関心のある人々に理解して頂こうというので、全国各地から発見した角筆の遺品や、角筆の凹み文字の文献を、カラーで大きく紹介することにした。高野長英が脱獄の意志を秘かに角筆で記した一見白紙風の手紙や、頼山陽の祖父が、旅に持ち歩いた角筆の遺品などである。

言語文化史としての漢字の歴史
 併せて、言語文化史の立場から、「日本の漢字の歴史」を、今まで文字史について発表した論文をまとめ、未発表の論考を含めて、私なりに一つの筋として通してみたいという思いも加わっている。そのために、最近次々と発掘されている木簡を始め土器などの上代の資料や、平仮名の誕生した当時の平安時代の新資料などを取り込んだが、平仮名が王朝の女性によって創案され専用されたという通説の"常識"を否定する結果にもなった。
 近代科学として二十世紀の百年間に目覚しく進展した日本語学も、日本文学と共に、今、次の世紀に向かって脱皮しようとしている。単一の学としてでなく、文化学のなかに内包される形で研究方向・方法が再編されようともしている。本書にその方向を読みとって頂ければ幸いである。


プロフィール        
(こばやし・よしのり)
☆一九二九年生まれ
☆広島大学名誉教授。
 文学博士
☆東洋大学文学部助教授
 広島大学文学部助教授・同教授を経る
☆主要著書『平安鎌倉時代に於ける漢籍訓読の国語史的研究』(東京大学出版会、一九六七)、『日本思想大系・古事記』(岩波書店、一九八二)、『角筆文献の国語学的研究』(汲古書院、一九八七)、『角筆のみちびく世界』(中公新書)(中央公論社、一九八九)等
☆日本学士院賞・恩賜賞(一九九一)、中国文化賞(一九九〇)、角川源義賞(一九八八)、新村出賞(一九八七)
☆文化財保護審議会専門委員(文化庁)             




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