自著を語る

『はじめて学ぶ大学の物理化学』
著者/齊藤 昊
(B5判,166ページ)
2,200円(本体)
1997年/化学同人
 



ファラデーの講演
 十九世紀の半ばにファラデーが行ったクリスマス講演をクルックスが記録して「ロウソクの科学」という著書にした。この講演は子供たちにもわかる内容で、一本のロウソクの炎を題材ににして化学のあらゆる現象を説明するという、まさに聴衆を魅了して止まないものであったようである。講演に感動したクルックスはいみじくも次のように解説している。「この講演を修得する子どもは、火についてアリストテレス以上に理解する」と。
 大学における講義の対象がきわめて狭い年齢層に限られていることを考えると、講義の難易度は明々白々である。しかし、今日の大学における講義が必ずしも学生を引き付けるものばかりとは言いきれない。

教科書とはなにか
 「物理化学」の導入は化学熱力学で始まる。そこには微分式や積分式がふんだんに現れる。化学や生物学が五感による経験で理解できるもののように受け取っていたものにとって、これは大変な驚きであり、苦手意識はまずここから始まる。しかし、好き嫌いにかかわらず大学における化学はより定量的に現象を理解するために、しばしば物理の原理や数学的手法を取り入れる。一方で、フレッシュマンはいろんな意味で肩に力を込めて毎日の講義に臨んでいる。したがって講義や教科書の内容はできるだけ彼らの肩の力を抜いてやるものが望ましい。難しい内容を難しく教えることは教官にとってそれほど苦ではない。それより「理解できた」という満足感を彼らに与えるための努力は結構時間と苦痛を伴うものである。
 そのような経験を踏まえてこの本を著したのであるが、書きながら少なからぬ快感を覚えてしまった。読むものがどのように受け取るかを思い浮かべ、彼らの痒いところはどこなのかと探りながら…。
 ファラデーのクリスマス講演は彼が七十歳の時であった。大人はおろか子どもにも感銘を与える講演をするには、彼をしてそれほど豊富な経験と豊かな人格を必要としたのである。


プロフィール        
(さいとう・こう)
☆一九四一年 中国吉林省 生まれ
☆一九六六年 広島大学大学院理学研究科修士課程修了
☆一九九○年 広島大学理学部教授 理学博士
☆専門分野 化学反応速度論




広大フォーラム31期2号 目次に戻る