広島大学学生懲戒指針が制定されました
文・神谷 遊 (学生懲戒指針作成ワーキンググループ座長)  


 本学の学生が不幸にして事件・事故に巻き込まれることは少なくありません。また残念なことに、最近は、そうした事件・事故において学生が「加害者」となるケースも目につくようになりました。
 加害者となった学生に対しては、法的、社会的責任が問われることになりますが、それは同時に広島大学の学生としての資質を問われていることをも意味します。
 そこで大学には、加害者となった学生を適切に指導することが求められることになります。
 そのための制度として、本学にも、広島大学通則に定められた懲戒制度があり、場合により、訓告、停学または退学をもって対処すべきものとされています。
 そこで、より公正かつ公平に懲戒制度を運用するため、学長のもとに学生懲戒指針作成ワーキング・グループが設置され、審議が重ねられてきました。
 ワーキング・グループの原案は、四月十三日開催の部局長会議で学長から提案され、各部局での審議を経て、五月十一日開催の部局長会議で承認されました。それが以下に紹介する「広島大学学生懲戒指針」です。
 この指針では、事件・事故の「悪質性」と「重大性」を勘案して、どのような懲戒をなすべきかを判断することとされています。
 また懲戒を決定する手続については、慎重を期すため、新たに審査会による審査が必要とされたほか、学生の意見陳述の機会も確保されています。さらに、必要以上に学生の利益を損なうことがないように、「懲戒に関する情報の非公開」をはじめとする措置が盛り込まれました。


広島大学学生懲戒指針
(平成十一年五月十一日部局長会議承認)

 広島大学(以下「本学」という。)における学生の懲戒については、以下の原則により取扱うものとする。
1 目的
 この指針は、広島大学学生懲戒及び除籍に関する取扱規程第三条に基づき、学生の懲戒について必要な事項を定めることを目的とする。
2 懲戒の趣旨
 学生の懲戒は、教育的指導の観点から退学、停学又は訓告をもって行うものとする。
3 懲戒の要否等の決定
 広島大学通則第二十八条、広島大学大学院学則第二十七条第二項、広島大学専攻科規程第十六条第二項及び広島大学特殊教育専攻科規程第十五条第二項に規定する懲戒に相当する行為の存否、懲戒の種類及び懲戒の内容は、学生の事件事故に係る原因行為の「悪質性」及び結果の「重大性」を総合的に勘案して決定するものとする。
4 懲戒の対象となる事件事故
(1) 懲戒の目安
1 事件事故の原因行為が悪質で、その結果に重大性が認められる場合
退学又は停学
2 事件事故の原因行為は悪質であるが、その結果に重大性が認められない場合
停学又は訓告
3 事件事故の原因行為は悪質なものではないが、その結果に重大性が認められる場合
訓告又は学部等の指導(学部長厳重注意等)
(2) 悪質性の判断
 原因行為の「悪質性」の有無は、加害者たる学生の主観的態様、行為の性質及び当該行為に至る動機等を勘案して判断するものとする。
(3) 重大性の判断
 結果の「重大性」の有無は、精神的損害を含めた人身損害の有無、その程度及びその行為が社会に与えた影響等を勘案して判断するものとする。ただし、結果が物的損害にとどまる場合であっても、それが甚大なものであれば、その「重大性」について考慮するものとする。
(4) 懲戒の具体例
 懲戒は、原則として次の例によるが、これらの場合において、実際に刑事訴追がなされるかどうかを処分決定の絶対的な基準とはしないものとする。
ア 刑事法上の処罰の対象となる行為の凶悪犯(殺人、強盗、放火及び強姦をいう。以下同じ)が既遂に達したものと認定できる場合は、「悪質性」も「重大性」も認められるため、原則として1に該当するものとする。
イ 刑事法上の処罰の対象となる行為の凶悪犯が未遂に止まった場合又は凶悪犯以外の刑法犯若しくは特別法犯が既遂に達したものと認定できる場合は、原則として「悪質性」が認められるため2に該当するものとする。
ウ 過失犯が重大な結果を招来した場合は、原則として3に該当するものとする。
エ 道路交通法違反(駐車違反、一時停止違反、スピード違反等)については、1から3のいずれにも該当しないものとする。
オ 学生の不正受験については、2に該当するものとする。
(5) 過去に懲戒等を受けた者に対する懲戒
 過去に懲戒を受け又は学部等の指導を受けた者が、再び懲戒に相当する行為をした場合は、より「悪質性」が高いものとみなし、前記(1)の基準を超える重い処分をすることができるものとする。
5 懲戒の手続き
(1) 事件事故の報告
 学生による事件事故が発生した場合、当該学生が所属する学部及び大学院研究科の長(以下「学部長等」という。)は、速やかに学長に通報するとともに、事実関係の調査に努め、その結果を学長に報告するものとする。
(2) 審査会
ア 学長は、学部長等から報告のあった事件事故の中に、懲戒について検討すべき事案が含まれていると認めたときは、原則として審査会を設置するものとする。
イ 審査会は、副学長のうち学長が指名する者一名、学生生活委員会委員長、関係学部等の長及びその他の学部等の長若干名で組織するものとする。
ウ 審査会は、関係学部等による事実関係の調査及び調査報告について、必要に応じて説明及び追調査を求めることができるものとする。
エ 審査会は、関係学部等による調査報告に基づき、当該事件事故に係る学生への懲戒の要否、懲戒の種類及び懲戒の内容等について審議し、その結果を学長に報告するものとする。
(3) 審査結果の通知
 学長は、審査会から報告のあった審議の結果を当該学生が所属する学部長等に通知する。
(4) 懲戒の審議
ア 学部長等は、学長からの通知に基づき、当該学生の懲戒について教授会の審議に付し、その結果を学長に対して報告するものとする。
イ 学長は、審査会からの報告及び学部等からの意見の双方又は一方が懲戒を提案するものであるときは、当該学生の懲戒について部局長会議に諮問するものとする。
(5) 学生の意見陳述機会の確保
 学長は、部局長会議への諮問に際し、懲戒の対象とされる学生に対して懲戒の提案がある旨を通知し、懲戒に対する口頭又は文書による意見陳述の機会を与えるものとする。
(6) 懲戒の決定
 学長は、部局長会議での審議を踏まえ、学生の懲戒について決定する。
(7) ハラスメントに関する取扱い
 学長は、広島大学ハラスメントの防止等に関する規程に基づき部局長会議が学生の懲戒等が相当と判断したときは、審査会を設置する。
(8) 不正受験に関する取扱いの特例
ア 学生の不正受験が発覚した場合は、学部長等は、教授会等の議を経て、学長に対して懲戒についての意見を提出するものとする。
イ 学長は、学部長等からの意見を踏まえて、部局長会議に諮問して懲戒を決定する。この場合、審査会は設置しないものとする。
(9) 職員の守秘義務
 学生の懲戒に関する事項に係わった教官及び事務官等には、守秘義務があるものとする。
6 事実関係の調査
(1) 関係学部等による事実関係の調査には、原則として当該学生からの事情聴取を行わなければならない。
 ただし、当該学生が事情聴取に応じない場合は、関係学部等は、その旨を審査会に報告するものとする。
 また、当該学生が刑事法上の身柄拘束を受けているなど、事情聴取ができない場合は、事情聴取が可能となるまでの間、関係学部等は、最終の調査報告を留保するものとする。
(2) 関係学部等は、事実の存否及び周辺事情の認定にあたって、当該学生の確認を得なければならない。
 ただし、事実を認定するための証拠が伝聞であり、かつ当該学生が異議を述べている場合には、同人の供述よりも信用するに足るべき他者の供述が得られたなど、特別な情況があるときに限り、懲戒の対象となる行為があったものと認定できるものとする。
7 処分の執行
(1) 停学の種類
ア 三か月未満の停学を有期の停学とし、確定期限を付すものとする。
イ 三か月以上の停学を無期の停学とし、確定期限を付さず、指導の状況を勘案しながら解除の時期を決定するものとする。
(2) 無期停学の解除
 無期の停学の解除は、学部長等からの申し出により、学長が部局長会議に諮問して行う。
(3) 停学に伴う学生指導
 停学中の学生に対する指導は、当該学生の所属学部等が担当するものとする。
(4) 停学中の受験及び履修手続き等
ア 有期の停学の期間が、期末試験又は履修手続の期間にかかるときは、当該学生に対し期末試験の受験又は履修登録を認めるものとする。
イ 無期の停学の期間が、期末試験又は履修手続の期間にかかるときは、処分を開始したセメスターの期末試験のみの受験を認め、履修登録は各セメスターごとの登録を認めるものとする。
ウ 期末試験の期間中に不正受験が発覚し、これを理由として停学の処分を決定した場合において、当該期末試験の期間中に処分を開始するときは、前記ア及びイに係わらず、当該期末試験の受験は認めないものとする。
8 懲戒に関する情報の非公開
(1) 非公開の原則
 懲戒を実施した場合、学生の氏名、学生番号、懲戒の内容及び懲戒の事由等は、当該学生以外には明らかにしないものとする。
 ただし、学長が必要と認めたときは、この限りではない。
(2) 証明書類等への記載の禁止
 本学が作成する成績証明書等に懲戒の有無、その内容等を記載してはならない。
(3) 推薦書類等作成上の留意事項
 学生の就職、進学に際して、指導教官等の本学関係者が作成する推薦書類等に懲戒の有無、その内容等を記載しないものとする。
   附 則
1 この指針は、平成十一年五月十二日から施行する。
2 この指針の施行前に決定した処分については、この指針の7(2)、7(3)、7(4)及び8を適用する。
3 この指針の施行前に発生した事件事故について懲戒の決定をする場合においては、この指針の3、4及び7(1)は適用しない。

広島大学学生懲戒指針についての補足説明

1 広島大学学生懲戒指針(以下「指針」という。)4(2)「悪質性の判断」について
 原因行為の「悪質性」の有無は、原則として、その行為が加害者たる学生の故意によるものか否かで判断するものとする。ただし、故意であっても、当該行為自体に強度な違法性が認められない場合は、「悪質性」は存在しないことになる。
 また、過失による行為であっても、故意によるものと同視すべき程の違法性が認められる場合は、「悪質性」が存在することになる(具体的には以下を参照)。

2 指針4(4)「懲戒の具体例」について
[1] 指針4(4)は、凶悪犯については原因行為の「悪質性」も結果の「重大性」も認められるから、指針4(1)「懲戒の目安」にいう1に該当し、凶悪犯以外の刑法犯や特別法犯は、原則として「悪質性」は認められるから、同2に該当するとする考え方に依拠している。
 もっとも、凶悪犯以外の刑法犯や特別法犯であっても、原因行為の「悪質性」が否定されて、3に該当したり、あるいは1から3のいずれにも該当しないと判断される場合もある。また、凶悪犯以外の刑法犯や特別法犯であっても、結果の「重大性」を勘案し、1に該当すると判断すべき場合もある。
 例えば、他人の住居に侵入した場合、それが住居侵入(凶悪犯以外の刑法犯)にあたる以上は、与えた損害が軽微であっても行為に「悪質性」が認められるから、2に該当することになる。これに対して、小学校等のフェンスを乗り越えてプールに侵入した場合など、同様に住居侵入であっても、当該行為の性質を勘案すると「悪質性」は認め難く、当該小学校等に何らの損害も与えていないのであれば、結果の「重大性」も認められないから、1から3のいずれにも該当せず、学部等での指導で足りることになる。
 また、傷害の場合、凶悪犯には当たらないという意味では、2に該当することになるが、人身損害を発生させた以上、それが軽微なものでない限り、1に該当することになる。
 さらに、特別法犯の場合、例えば大麻所持について、それが自己使用を目的とするに止まる場合には、「悪質性」が認められるものの、結果の「重大性」は認められないものとして2に該当するが、他人に売却するなどの行為を伴っている場合は、その行為が社会に与える影響をも考慮し、結果の「重大性」を認めることができ、1に該当するものと判断すべき場合がある。
 なお、指針4(4)エに記載のとおり、道路交通法違反(駐車違反、一時停止違反、スピード違反等)については、特別法犯にあたるものの、行為の性質からして「悪質性」を認める程のものとはいえず、結果においても損害といえる損害を与えていない以上、1から3のいずれにも該当しないものとしている。
[2] 交通事故については、原則としてその結果が重大であった場合(重大な人身事故)に限り、3に該当するものとする。
 ただし、ひき逃げ、飲酒運転又は無免許運転等による交通事故(悪質性)については、その結果が重大な人身事故(重大性)であった場合は、1に該当するものとし、相手方に与えた損害が軽傷又は物損等で、結果が重大ではない場合は、2に該当するものとする。

3 指針8(3)「推薦書類等作成上の留意事項」について
 指針8(3)では、指導教官等の本学関係者が、懲戒を受けた学生の就職、進学にあたって作成する書類等に懲戒の有無、その内容等を記載してはならないものとしているが、本学教職員は、学生本人に対しても、就職、進学に際して学生が作成する履歴書等の身上書に懲戒の有無、その内容等の事項を記載する必要はない旨の指導をすることが望ましい。


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