21世紀にむけて 学部は(3)

  生物圏科学研究科は今   
〜大学院独立専攻の新設 〜


文・ 松 田   治(Matsuda, Osamu)
生物圏科学研究科
環境循環系制御学専攻長



生物圏科学研究科とは

 近年、地球環境問題といわれる大規模な環境問題ばかりでなく、様々な局所的、地域的な環境問題が深刻さを増し、気候・環境・食べ物・健康などを含めて「将来、我々の生活はどうなるのだろう?」と考えさせられることが日常生活の中でも多くなっている。広島大学の生物圏科学研究科は、地球上の気圏、水圏、地圏を含めた生物環境を対象とし、我々人間を含む諸生物の生存条件を総合的に研究する我が国で唯一の「生物圏科学」の名を冠した研究科である。
 この研究科は、総合科学部(環境科学研究科)および生物生産学部(農学研究科)を基礎にして医学研究科および工学研究科の協力のもとに、インターファカルテイな特色を生かして昭和六十年に設立された比較的新しい大学院である。この大学院は、時代を先取りした発想のもとに設立されたと評価されており、設立以来、生物圏における環境の総合的管理や生物資源の開発利用を研究する分野で様々な優れた研究業績をあげ、多くのユニークな人材を養成してきた。


環境循環系制御学専攻の新設とその目指すもの

 発足以来、環境計画科学専攻、生物機能科学専攻、生物生産学専攻の三専攻体制で経過したこの研究科に、本年四月、待望の第四番目の環境循環系制御学専攻が独立専攻として誕生した。この新専攻は「危機的状況にある生物圏における物質循環系の解明と、環境問題の循環制御論的解決を目指す」目的で計画され、教育研究上、次の三つの目標が設定されている。
(1) 現況の把握:問題の抽出、問題発生機構の解明、診断
(2) 将来の予測:問題とその内容の時系列的変化の予測
(3) 解決策の提示:生物・生態系の機能を重視した環境物質循環系制御法の具体的提示、結果の判定

 これらを実現するために、特徴的な制度として、分野横断的に広域環境問題に取り組む独立専攻体制、問題解決型のカリキュラム編成、国立研究所など学外の三研究機関等との補完的連携講座体制を導入した。
 問題解決型カリキュラムとは、従来の学問体系に即した授業科目編成を、なるべく現実に起きている問題の解決に必要な理論・情報を軸にした授業編成にしようとするもので、具体的な例としては「温暖化・有害物質循環論」、「二酸化炭素循環論」、「食物連鎖系物質循環論」、「瀬戸内海環境制御論」などの授業科目名にこの考えが反映されている。
 また、これらの授業科目は、様々な環境問題の解決には、問題のある環境循環系の制御が必要なのだという新専攻の新しいコンセプトに基づいた研究テーマとも密接に関連して組み立てられている。



新専攻の組織と特徴

 新専攻の組織は、専攻の目標に対応して、環境循環予測論(基幹講座)、環境制御論(基幹講座)、環境評価論(協力講座)の三大講座よりなる。担当教官は二十六名で、学生定員は博士課程前期三十一名、同後期十五名である。本専攻の設置により、研究科の博士課程後期の定員は一挙に約二倍となった。それぞれの講座は以下のように四つまたは五つの教育研究分野から成立っている。
環境循環予測論:「陸域・大気循環予測論」、「気水圏循環変動予測論」、「海洋循環変動予測論」、「生物圏循環変動予測論」
環境制御論:「水圏循環制御論」、「陸域循環制御論」、「海洋循環制御論」、「陸域生態系制御論」
環境評価論:「海洋大気圏科学」、「海洋生態系評価論」、「植物環境評価論」、「植物環境分析学」、「微生物環境評価論」

 この専攻横断的に編成された組織は、分野的にインターディシプリナリーなだけでなく、学部との関係で著しくインターファカルテイな性格を備えており、全国に広く門戸を開いている。すなわち、前記分野は総合科学部七名、生物生産学部八名と工学部二名ならびに連携講座分として海洋科学技術センター三名、通産省工業技術院中国工業技術研究所三名、農水省中国農業試験場三名の所属教官が担当している。
 連携機関の海洋科学技術センターとは大規模な海洋循環や気候変動の分野で、中国工業技術研究所とは瀬戸内海の環境制御の分野で連携した。また中国農業試験場とは土壌環境や気象資源、生物学的防除などの分野で連携関係が結ばれた。いずれも学内の分野と補完的な関係にあり、今後教育研究面での相乗効果が期待されている。


設立記念祝賀会

 新専攻の入学式が四月二十八日に行われた後、設立を祝う記念祝賀会が五月七日大学会館で関係者約八十名を集めて盛大に行われた。祝賀会は堀越孝雄副研究科長の司会で開始され、宮澤啓輔研究科長が冒頭の挨拶でこの研究科の沿革と新専攻設置の意義を紹介した。続いて原田学長がユーモアをまじえて「環境循環系制御学という専攻名はちょっと長いが、この専攻こそ二十一世紀に相応しい重要な専攻であり、大いに成果を上げてほしい」旨の激励の祝辞を述べられた。続いて連携先の三研究機関からの来賓によって祝辞が述べられ、いずれの場合も大学院レベルにおける広島大学との連携の意義を積極的に評価していたのが印象的であった。前研究科長でもある生和副学長の音頭で乾杯が済むと、会場は一挙に盛り上がり、設立準備の苦労話や今後の抱負などに話の花が咲いた。
 連携機関からは本研究科の正規のメンバーとなった九教官全員が出席し、学内メンバーと研究テーマや学生指導などについて極めて具体的な意見交換がなされていた。
 将来、文部省と科学技術庁は統合されるので、科技庁系特殊法人の海洋科学技術センターとの連携は将来を先取りしたものとの評価も聞かれた。

環境循環系制御学専攻設立記念祝賀会



発足後の状況

 新専攻の入学試験は新年度予算との関係で本年四月に行われた。幸い全国から受験生が集まり、博士課程前期定員三十一名に対し、入学者数三十五名(転専攻を含む)で新専攻の教育研究がスタートした。連携先にもそれぞれ配属を希望する学生があり、現在四名の院生が学外の三研究機関を本拠地にして研究を進めている。しかしながら、連携先との関係で授業やセミナーをどこで行うか、連携先の教官や学生にとってメインキャンパスへの移動がどの程度の負担になるかなど不明のことも多く、ベストの方法を求めて現在試行錯誤中である。独立専攻の新設は研究科の運営方法にも問題を投げかけた。すなわち、従来の三専攻体制では、歴史的、地理的経緯から、総合科学部と生物生産学部においてある程度独立した形で運営がなされてきた。今回連携講座というどちらの学部にも属さない部分が加わったことにより、新専攻では専攻中心の運営が必要となった。これを機会に、既存の三専攻も含め、研究科全体の運営が、従来の学部に依拠した運営から専攻・研究科を中心にした運営に大きく変わった。現在新しいシステムを構築しつつあるが、これは今後の大学院の発展に大きな影響を及ぼすものと思われる。


新専攻の将来展望

 二十一世紀を間近に控えて、ますます深刻さを増す環境問題に対してなすべきことは多い。この専攻では地球規模の問題解決を視野に入れつつ、陸域、海域、大気を包含する瀬戸内海圏を中心的モデル地域として、グローバルかつローカルな立場で教育・研究を展開する計画である。フィールドワークと研究室における研究を融合させ、学外の研究機関との連携など上記の特徴を最大限生かしたい。年次進行のため博士課程後期の開始は二年後になるが、様々な環境問題の解決に多様に寄与できる人材を養成したいと考えている。最後に本独立専攻の設置に際して御協力いただいた多くの方々に感謝申し上げると共に今後ともこの研究科、専攻に対する御支援、御協力をお願いする次第である。
 




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