自著を語る

ジャック・ザイプス著『おとぎ話が神話になるとき』
訳者/吉田純子・阿部美春
(四六判,262ページ)
2,600円(本体)
1999年/紀伊国屋書店
 



 以前『赤頭巾ちゃんは森を抜けて』(ジャック・ザイプス著・阿吽社)を翻訳出版したとき、翻訳は疲れるからもう懲りたはずだ。それなのに、また手を出してしまった。なぜだろう。ザイプスの比較文化論的おとぎ話論が相変わらず刺激的でおもしろいので、たぶん、誰かとそれを共有したかったのかもしれない。
 本書は、グリム童話、「長靴をはいた猫」「美女と野獣」「オズの魔法使い」などを扱い、ザイプス持論のおとぎ話の「制度化」、「文明化の産物」論を展開する。社会の中心勢力がおとぎ話の言説を通じて、読者(女・子ども)を文明化し、教化した。だから、おとぎ話は彼らの支配権をめぐる「政治的」な闘争の産物である、というのだ。
 また本書は、おとぎ話がアメリカン・ドリームの国で神話化する現象を取り上げる。空想力がアメリカ社会・文化の規範に捉えられ、いつのまにか普遍的な価値をもつ神話となる。たとえば「白雪姫」「美女と野獣」。美しく心優しい娘の話が繰り返し語られるうちに、「女らしさ」の神話ができ上がる。中でもディズニー映画は、おとぎ話を最大限活用して、アメリカ的な神話を作り上げたし、最近のテレビ業界もおとぎ話の「神話化」に励んでいる。
 また、おとぎ話は、現代のアメリカの優男の「男らしさ」を回復するために利用される。森の中での男だけのワイルドな集会を提唱する詩人ロバート・ブライは、グリム童話「鉄のハンス」を「男らしさ」獲得のための通過儀礼の啓蒙書『アイアン・ジョン』に作り変えてしまった。
 ザイプスの本の魅力は、なんといっても権威への挑戦にある。彼は、グリム童話にこめられたドイツ近代家父長制と文明化のイデオロギーをあぶり出し、グリム童話神聖視にゆさぶりをかける。また、ユング心理学のおとぎ話解釈で、「普遍的な元型」説により消されてきた特定の歴史・文化の中の人間の固有性を蘇らせる。最後に、南伸坊の装丁は、一見の価値あり。


プロフィール        
(よしだ・じゅんこ)
☆一九七三年立命館大学大学院文学研究科英米文学専攻修士課程修了
☆『アメリカ児童文学・家族探しの旅』(単著・阿吽社)、
『家なき子の物語』(共訳・阿吽社)、
『赤頭巾ちゃんは森を抜けて』(共訳・阿吽社)、
"The Quest for Masculinity in The Chocolate War:Changing Conceptions of Masculinity in the1970's,"
 Children's Literature 26 (Yale UP).
☆所属=広島大学総合科学部人間文化コース
☆専攻分野=アメリカ思春期文学・児童文学(授業=児童文学論、アメリカ文化論)




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