乾燥収縮を起さないコンクリートの製法
図文・
田 澤 榮 一
特許出願の背景
一九九一年の台風十九号が残した惨状は目に余るものであった。大学に近い下見の通りでも十本程度のコンクリート製の電柱が根元から折れていた光景は記憶に新しい。まだ強度が足りないのである。
円柱状のコンクリート部材は、ほとんどが工場で一定の規格で量産されている。パイプ、杭(くい)、ポールなどは遠心力を利用して、回転する型枠にコンクリートを押しつけて成型する。高品質のコンクリートを用いるが、部材の性能を高めるため、プレストレスを導入する場合もある。
プレストレスとは引張りに弱いコンクリートを予め圧縮しておく工法である。圧縮力の導入の仕方によって、ポストテンション、プレテンション、ケミカルプレストレスの三つの方法があり、量産部材では主としてプレテンションかケミカルプレストレスが用いられる。
プレテンションとは高張力鋼材を引張った状態でコンクリートと一体化する方法であり、ケミカルプレストレスは硬化後長さが膨張するコンクリートで、埋め込まれた鋼材を自然に引張って、その反力でコンクリートに圧縮力を導入する方法である。
この度出願した特許は、ケミカルプレストレス部材を高性能にかつ今までよりも安価に製造する方法に関するものである。従来用いられてきたオートクレーブに取って代る可能性のある新しい製造法で、作業の安全性が高まり省エネルギーも期待できる。
特許の請求範囲
オートクレーブとは、高温・高圧の水蒸気で満たされた耐圧容器で、短時間に高強度を得る目的でポールや杭などに広く用いられている。温度は一八○℃前後、圧力は十気圧程度の条件が通常用いられている。今まで何故水蒸気が用いられてきたのかは定かではないが、水蒸気を高圧の被圧水に切り換える点が、今回の出願の内容である。この切換えでコンクリートの性能が大幅に変ると思われたので、実験を行ったところ予想以上の成果が得られたのが出願のきっかけである。
特許で期待される効果
ケミカルプレストレスに用いる膨張コンクリートは膨張材をセメントに混合して製造する。混合比率は一○〜一五%であるが、コストはセメントの約十倍である。高温高圧水の中で養生すると、同一の膨張率を得るために必要な膨張材の量がおおよそ半分で良いことが解った。
次に従来の膨張コンクリートの泣き所は、膨張後乾燥すると再び収縮を起して膨張の効果が低下してしまうことであった。また、導入した応力がリラクゼーションによって低下する欠点もあった。
不思議なことには、高温高圧水中で養生した膨張コンクリートはこのような寸法の不安定さや応力緩和が極めて少ないことが明らかになった。乾燥収縮やクリープがほとんど起らない。従来のオートクレーブ品は養生後にも若干の残存膨張(水中)が生じたが、この方法では養生完了後の膨張もほとんど認められなかった。ケミカルプレストレス部材の製造には、理想的な養生法であることが解った。
装置そのものは従来のオートクレーブと同一でもよく、むしろ小型化できる。また急激な体積変化を起す被圧蒸気の代りに温水を用いるので、工場での安全性は高くなる。温水の断熱リサイクルにより省エネ化も計れる。
効果の生ずるメカニズム
なぜこのような効果が得られたのか。図を見ていただこう。セメントの水和物は水中で生ずるが水蒸気中には生じない。未水和セメント成分が水中に溶解し、水中で反応し溶解度以上の反応物が析出して空間充填が進行するからである。反応時には未水和のセメントと水の合計体積が減少するが、その空隙が時々刻々外部からの被圧水で満たされると、より一様で緻密なセメントの硬化体組織が得られる。
セメント生成物のモデル
将来の展望
現在のオートクレーブを利用した工場はこの方法に変る可能性が大きい。収縮やクリープを起すことはコンクリートの本質的な欠点と考えられてきた。特殊な養生条件を利用するとはいえ、その突破口が見つかった。このコンクリートは養生が終ると水との関係で長さがほとんど変化せず、ケミカルプレストレスの経時損失が極めて少ない。一般のコンクリートにも適用可能な工法が次の課題である。
プロフィール
(たざわ・えいいち)
☆一九三六年生まれ 三重県出身
☆一九六○年 東京大学工学部土木工学科
☆一九六八年 マサチューセッツ工科大学大学院
☆一九七八年 工学博士(東京大学)
☆現在 広島大学教授
地域共同研究センター長
☆所属 工学部第四類
☆専攻 構造材料工学
広大フォーラム31期3号
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