情報通信・メディア委員会
イラスト・山 本 一 美
(原爆放射能医学研究所)
今、情報メディアは社会を大きく変革しています。巨大化する情報メディアを人間が人間のために使うべき時代の到来に備えて、先見的、先導的であるべき広島大学の進む「二十一世紀への道」を、情報通信・メディア委員会で、情報メディアの観点からまとめた「メディアから見た広大二十一世紀のマスタープラン」の概要です。
小さくなる地球
二十一世紀初頭には、光ファイバー等の超高速・大容量有線ネットの充実とともに、衛星通信や携帯端末に見られる大容量・高速無線ネットも充実してきます。家庭から移動する個人に至るまで、地球上どこにいても人々は様々な情報メディアにアクセスできるようになります。端末からコンピュータとしての顔が消え、ヒトに優しいコミュニケーションツールに特化するものと、超情報処理ツールとしてコンピュータの進化発展したものとに分化します。端末の進化した公衆電話感覚で使えるメディアステーションが各所に設置されます。キーボード不要な音声認識技術も進みますが、文字の便利さと文章を創る力の重要性が再認識されます。進んだアプリケーションとヒトに優しいインターフェイス技術に助けられ、ビデオやCGの作製は簡単にできるようになり、情報メディアは一層多様化します。多様化したメディアを用いて多様性に富むコミュニケーションや自己表現・提示が可能となり、人々との間でインタラクティブな情報交換がより活発になります。その結果、地球はますます小さくボーダーレスとなり、新たな競争・共栄の世界へと変遷します。
メディア進展と社会
情報メディアの進化により、社会構造は大きく変遷します。同時自動翻訳機能等の発達で、誰でも簡単にすべての国境を越えて情報交換を行い、互いに交流できる情報グローバリゼーション時代が来ます。また、情報はあふれかえり、選択・淘汰が進行し、情報公害としての反省も現れ「ヒトにとって情報とは」が問われます。それに呼応して高度情報フィルタリングも始まり、同時にプライバシー確保、個人のアイデンティティー確立のために、個人情報の厳格な管理が不可欠な時代となります。
経済面では、電子マネーも発達し、流通がボーダーレス化します。経済情報や諸サービスの供給を含む様々な国際的商取引も迅速かつ直接的となり、個人的な国際取引が増加してきます。政治面では、様々なレベルの立法府である議会や委員会でも電子議会やテレビ議会が導入されたり、直接的な国民電子投票も可能となり、迅速な民意の汲み上げが一部で行われます。膨大な情報とその科学的処理を基盤に、数理金融学、計量政治学、情報戦略政治学や計量平和学などが現れます。政治経済面の変化や紛争などが世界政治に及ぼす影響の予測やシミュレーションが可能となり、政治経済の情報戦略が政治、経済の多方面の施策に利用される時代となります。
ネットワークがネットワークに乗せるコンテンツなどに制限を与える時代から、二十一世紀には、コンテンツが自動的にネットワーク構築のガイドラインに影響を与える時代となります。急速に進化・発展するメディア環境の変革に伴って、大学の立脚基盤が大きく変容してきます。
メディア教育
情報教育では、今の「コンピュータ利用教育」はなくなり、メディア利用者としての「メディア活用教育」へと質的な変化が要求されます。そこでは自分の考えをわかりやすく論理的に表現できる基礎能力が基本となり、自己責任でメディアを活用する自己表現、プレゼンテーション能力およびそれらの評価能力などを総合的に教育することが大切になります。
大学教育方法の変化
SCSなどの衛星通信ネットや地上ネットを利用し、携帯端末テレビなどを使って、キャンパス内のどこでも、また、自宅でも遠隔授業を受けることが可能になります。図書館の電子化や電子化された様々な教材の開発・販売が進み、勉学に必要な多くのコンテンツがネットを介して供給され、在宅でアクセス可能になります。従来の授業のような一方向の教育の多くはビデオ等に電子コンテンツ化され、教授内容はネットで配信され、質問もネット経由で受ける在宅授業が実用化されます。図書や教材自体は当初から電子的に作成・供給され、それら情報は大学を経由することなく流通します。これからの大学の存在価値は、face to faceでのゼミ、演習、実験、研究指導などが主体となり、豊かな人間性と独創的な研究や指導が一層強く求められます。
二十一世紀の大学生と教育
少子化時代を迎え、学生は熾烈な受験競争から見かけ上開放されます。入学制度は多様化し、希望すれば必ずどこかの大学に多面的な評価で入学できる時代を迎えます。大学が学生を選ぶ時代から、学生に選ばれる時代になり、大学の二極化が加速し、各大学の真価が多面的に問われる時代となります。教官・研究者に必要な研究費は各自が努力し、自らの責任で獲得する時代となり、教官・研究者は二極化してきます。
大学では、学生は、メディアを利用して本人の興味と授業内容の魅力を基に、全国あるいは国際レベルでの遠隔授業によって、教養的科目および専門科目が履修できます。これは、実質Teach-in-Englishの講義を受けることにもなり、大学の講義は直接指導型科目が中心となります。学生の実用英語能力は格段に向上しますが、メディア教育の発展に伴い、教養教育を前提とする専門教育は必ずしも必要でなく、教養的科目を、在学中必要なときに必要なだけ履修できる制度が実効します。
学生気質は、「素直ではあるが多くが受動的である」という内面的な傾向は更に進み、一方で遊び指向と見かけ上の個性化も著しく進みます。今の定型的で押しつけがましい履修制度(初等中等教育も含む)では、学生の勉学意欲が維持できなくなります。本人のモティベーションおよび勉学努力報酬型の高い選択性と個性に富んだ、より競争的な履修制度へと改革が迫られます。例えば、ある科目で良い成績を収めたものは、より高いレベルの授業を次年度に受講でき、飛び級とは別に、優秀な学生には学部時代に大学院の単位も取得でき得る大学・学部も出現するでしよう。
二十一世紀に、広島大学が国際的にも中心的な大学として他大学をリードし続けるためには、上述のような社会と大学の将来像を基に、先見的、先進的、戦略的かつ着実な施策を今から進める必要があります。
戦略的メディアインフラの構築
現在の大容量ネットワークバックボーンは補強・高速化され、学内の主要三キャンパス間および附属学校との超大容量光ファイバー網を更に充実させます。現有のSCS基地局と学内光ファイバー網を結合し、どこからでもビデオや大容量情報の送受信が可能となります。どの講義室、教官室間でも遠隔授業、遠隔指導、遠隔共同研究が可能になります。CSなど一般衛星を使って日本全体あるいは国際的なエリアへの教育・情報供給も直接に行えるように広島大学内に基地局を設置し、配信を開始します。
先見的メディア資産の構築
知的創造基地「大学」の情報は偉大な資産であると認識され始めます。その知的資産とは、博物館的資産と使える(創造できる)資産両方を含み、いずれも、その情報が必要なときにアクセスできるものです。それには、広島大学の情報資産をデジタル化することで出版コストだけでなく、収蔵スペース・コストも節減し、全てを検索可能にして、世界中からのアクセスを受け入れる体制が必要です。その博物館的情報はデジタルミュージアム内に保存し、使える知的資産、例えば、紀要、雑誌や学位論文など、広島大学の諸出版物及び大学関連の人的資源を世界との情報交流の戦略的基盤とします。これらを電子的に製作し、それを支える機構は、例えば図書館の新しい能動的機能の一部として情報メディアセンター構想の中に包含します。「新たなる知の創造源である広島大学」の知的資産を今後は戦略的に蓄積し、広島大学の知的歴史構築も行います。
先端的メディア開発体制の確立
二十一世紀は、情報メディアのインフラ構築の時代からそれを活用する時代となり、新たな局面のメディア研究開発競争が激化します。二十一世紀の発展の鍵である先進的な次世代型大学を具現するためにも、また次世代の知識集約型産業の創出からも、広島大学では、情報メディアや情報データの研究・開発体制を早急に構築する必要があります。情報メディアセンターをその足場として情報メディア科学研究科の創設が戦略的に不可欠です。そこでは、先進的で世界的な超一流企業集団から客員教授を多く迎え、それに刺激されて、様々なベンチャービジネスが産まれることを期待します。このような「学内産学連携型」の広島大学固有の先進的メディア戦略基盤があれば、他学部や他大学院などでの次世代型教育・研究も強力に支援できます。
先進的大学教育と新教育法の開発
二十一世紀型戦略的大学運営機構を手にする広島大学は、教育に対してもメディアを効率的に活用します。今後の授業を、授業内容の良い見直しの機会と捉えて、自ら改善を加え、メディアコンテンツ化し、これを同時に遠隔授業の素材としても利用します。他大学に先んじてケーブルテレビ等に大学チャンネルを保有したり、衛星を利用してこれらコンテンツの配信、販売も開始します。遠隔授業は、まず社会人などのリカレント教育のための在宅授業などに利用します。また、例えば教養的教育を中心に、これらを利用したオンデマンド授業を始め、一年生からの専門教育を開始し、四年通年での教養的科目履修を可能とし、学生のアーリーイクスポージャーが必要な分野に対しては、新たな体制の大学専門教育を推進します。これらの実現により専攻間の障壁を低くして、学生の進路変更とそのためへの努力に応じ転専攻などをしやすくします。
二十一世紀型社会のニーズに合った大学レベルでの生涯教育の形態を提示します。大学院レベルでの社会人コースでは、就業先や自宅での研究指導を、超高速・大容量ネットと携帯ビデオ端末により行い、ネットを使った同時進行の遠隔電子ゼミの開講も可能となります。こうした学生確保は、独立行政法人化後の大学の経営基盤の一つとなります。これを実現するため、三キャンパスに大学放送局のような簡単なスタジオを設置し、放送メディア分野で活躍したシニアスタッフなどを非常勤として雇用し、大学の当面のマルチメディア化に対応します。
対象は大学にとどめず、二十一世紀の初等中等教育へのメディア教材とその斬新な教育手法開発を進めます。これらコンテンツを新たな大学の教育資産として蓄積し、世界的スケールでの小中学校との試験的授業も開講します。良い教材が小学校から大学まで創れれば、他大学などからも利用され、この面からも国際的大学アライアンスの中核となります。また、希望する教官は教材開発後は、より研究に力が注げるようになり、豊かなヒューマンリレーションのある高度な教育研究を通して、「豊かな人間性を培う教育」の推進により専念できるようになります。
戦略的事務機構の構築
事務機構は、人員削減による機能の低下を伴うことなく事務の高度化に向かいます。経常的な事務業務は電子化し、各種書類もペーパーレス化し、セキュリティーを向上させ、徹底的な自動化・効率化を進めます。そのためには、将来にわたる個人認証法の早急な確立が必要です。成績や健康記録など学生個人情報やメールによる各種学生相談の受付や履修設計支援ソフトの開発など学生サービスや教育支援事務の電子化が必要です。物品購入・経理など研究支援事務では教官側にも端末を持たせた自動化電子化を行います。全学的な統一規格により、学部、学科での諸会議、各種委員会などは、事前電子会議により会議の迅速化・効率化を図り、会議資料なども電子化・省力化・省資源化を図ります。効率化による経常的業務の軽減で生じる余力を、大学では更なる能動的な学生サービスや将来への施策設計に注ぎます。この結果、ヒューマンインターフェイスが不可欠な業務、例えば、学生の生活・進路・就職相談等は残り更に充実させます。学生募集戦術、各種事業計画、経営・運営会議、将来計画などのような戦略的アドミニストレーション業務に職務内容の中心が移り、より効果的な運営が望まれ、価値創造的事務機構を構築します。
地域とともに進展する大学
広島大学のアイデンティティーの確立のためにも地域と密接な交流を図り、「地域社会と共存共栄する大学」の体制を創ります。広島大学を情報発信基地とするために、各教職員や各部署の努力に加え、大学全体として地域連携担当専門コーディネイターを効率的に配置します。
地域情報メガバックボーン計画にも積極的に参画し、その範囲や機能を拡大するためにリードします。これを活用して、生涯教育、リカレント教育、広島大学公開講座などを、本学からの直接的な情報発信源とします。研究面でも、これを利用して地域の研究所や企業と活発な交流を進め、産官学地域共同リアルタイム研究による新産業やベンチャーの育成が切に望まれます。
高度先進医療を支える先進的メディア
広島大学医学部・歯学部の附属病院は、先進医療の地域中核として期待されています。そのための超高度医療と基盤医療に両面性を確立し、患者の高いQOLを維持するための医療情報基盤の整備を行います。更に、世界に向かって、例えば、対感染医療、放射線医療などの実績ある分野に加え、遠隔診断・遠隔医療指導も駆使し、地球を小さくする高度で適切な医療貢献が望まれます。この未来型医療を支える情報メディア基盤を先見的、かつ、着実に構築します。
二十一世紀の広島大学と国際社会
瀬戸内の中核平和都市としての広島は、高い国際性を持っています。遠隔教育研究体制を確立すると、日本国内に限らず、国際的な教育研究を推進することが可能となり、南北の情報格差解消に貢献できます。アジア諸国の提携大学には広島大学がメディア教育サーバを提供し、各大学に自由に利用してもらい、広島大学が運用の支援やネットワーク接続の支援を行うことも可能です。
平和をテーマとしたサイバー講座として「国際平和科学講座」(人類の平和科学)、「国際経済協力学講座」、「国際教育学講座」等、広島大学オリジナルの講座群を創設し、ネット上から「平和を希求する精神」を国際的に醸成し、「平和指向の国際社会と共存共栄する広島大学」を構築します。
特に、先進的に電子化された広島大学の教育基盤をもって、世界中の優れた大学に、平和を希求する国際的教育ユニバーシティーアライアンス構想を広島大学から先導的に呼びかけ、国際シンジケートを形成することが必要です。国際的に単位互換制のある教育研究サイトを、「国際サイバー広島大学」としてメガネット上に開校し、世界の新たなメガメディア基点を作ります。広島大学は、自ら大学教育のコングロマリットを形成し、国際的大学シンジケートの中でも、特異な地位を築く必要があります。
「絶えざる自己変革」のインキュベーションユニバース
最後に、これらを具現するために広島大学は何をなすべきでしょうか。努力報酬型で高いモティベーションを持たせ、自由な競合的雰囲気の中に置くのは、何も学生に限ったことではありません。むしろ広島大学を支える教職員にこそ、絶えざる自己改革を高揚するための施策が必要です。研究部門などは固定化せず、時代や社会の要望にも応えるために必要な部門の新設や増強が行えるよう弾力化し、広島大学の活力源とします。この抜本的改革を「絵に描いた餅」にせず具現化するには、相応の体制と構成員の高い自己改革意識と意欲が必要です。具現化の施策には大きな発想の転換とともにかなりの犠牲が伴います。当面、情報メディアセンター、情報メディア科学研究科創設等を具体化するための組織基盤および環境を作る必要があります。
これらはあくまでも体制の整備であり、まだ「魂」を入れたことにはなりません。ここで、広島大学を高いレベルに維持するには、高い意識や意欲をもつ構成員の知的創造およびその活動に対し正当なインセンティブを与え、その努力に報いる必要があります。すなわち、全教職員の意識を高揚させ活性化して、その活動を支援する必要があります。メディアで言えば、メディアは専門家以外の多くの大学構成員にとっては手段であり、彼らの最終目標ではありません。例えば、新しい教育ソフト等の開発者には、著作権以上の報酬を付与したり、事務業務などの新しいシステムのアイデア提案者に対しは大学で特許化し、ある程度十分な報酬を支払う必要があります。また、日本国内あるいは国際的にも評価を得て、多くの学生を遠隔授業の聴講者とし得た学部、学科あるいは講座は、当然日常業務も増加するため、アシスタントスタッフなどの支援・強化を図ります。サイバー大学の開設講座等も含め付加的教育を推進し、成果をあげている講座に対しては、その収入に見合う形で更に報酬を付与します。
大学に強力で戦略的な経営担当総括部署を設置し、学内で副事業管理および特許・著作権などの知的所有権管理部門を強化します。広島大学の知的資源管理運用組織を併設して、大学経営の体制を強化します。この部門を、例えば財団法人「国際サイバー広島大学」として社会に開かれた広島大学の「戦略的な窓」および「後方支援戦略的組織」とすべきで、経営基盤の一つになります。
「二十一世紀の鍵、情報メディア」は、その至適な活用と展開により、人類に想像を超えた恩恵をもたらします。この「鍵」を、唯一無比な豊かな未来を拓く宝の「鍵」として、先見的、戦略的に研究・開発に活用します。これを先進的な大学の共有活動基盤として空気のような存在にまで昇華させ、この上に、バリエーションのある豊かな高度教育研究を鮮やかに開花させ、広島大学が国際的にも先導的で高い地位に立脚できる「時」に、今、我々は遭遇しています。
まさに「情報メディア」を握る広島大学は、二十一世紀を握ります。
(文責 正法地孝雄)
広大フォーラム31期4号 目次に戻る