「固体テラヘルツ帯電磁波発生装置」
文・ 山 西 正 道  



はじめに

 現在の半導体電子回路技術を用いて発生できる電磁波の周波数は100GHz程度である。一方で電磁波の一種である光にはレーザという優れた光源があるが、その周波数は逆に数10THz以上である。この両者の中間にある1〜数10THz(1THz(テラヘルツ)は10Hz)の周波数領域は、いわば両技術のはざまにあり、これまで光源、検出器など技術開発があまり進んでいない。
 近年、100フェムト秒以下(周波数にすると約10THz以上)のパルス幅をもつ超短パルスレーザが比較的容易に用いられるようになり、これを用いたテラヘルツ領域の技術開発が急速に進展している。
 テラヘルツ帯の電磁波は金属以外の物質はかなり透過する。この性質を用いると非破壊の透視観察が可能であるが、例えば現在よく用いられるX線よりもずっと安全である。特に水などの分子の振動周波数がテラヘルツ領域にあることから、例えば生体中の水分子の分布の透視などに用いることが考えられる。またレーダとしての利用や、半導体チップの動作解析などへの応用も検討が進められている。本発明はテラヘルツ領域の電磁波を発生させる新しい手法(素子構造)を提案したものである。

登録された発明

・発明の名称
「固体テラヘルツ帯電磁波発生装置」
・特許番号 第二七二八二〇〇号
・登録   平成九年十二月十二日
・特許権者 広島大学長
・発明者  山西正道,角屋豊


発明の説明

 本発明の最大の特徴は、半導体微小共振器という素子の中で発生するポラリトンという状態を電磁波発生源として用いることにある。
 まず半導体微小共振器とは、図1に示した模式図の様に、半導体多層膜からできた鏡が極めて微小な距離(約100nm)を隔てて並行に配置されたものである。この距離は半導体中での可視光の波長の半分に相当する。共振器に外から共振波長の光を照射すると、共振器内で定在波が形成され、光はある一定の時間共振器内に閉じ込められる。
 半導体結晶成長技術を用いると、さらに微小共振器の中央に量子井戸と呼ばれる微細な半導体構造を作りこむことができる。 微小共振器内に置かれた量子井戸中では光を吸収して電子・正孔対(励起子と呼ばれる)が形成される。この励起子は再び光を放射するが、その光はやはり共振器中に閉じ込められているから、再び量子井戸で吸収され、また励起子を生成する。このようなことを繰り返す状態がポラリトンと呼ばれる状態である。
 さて、ポラリトンが形成されているとき、前述のように電子正孔対が発生したり消滅したりしているが、もしもこの電子と正孔の位置がわずかでもずれていると、微小なアンテナが励振された様な状態になり、ここから電磁波が放射される。本発明では電子と正孔の位置をずらすために直流電界を印加している。微小共振器と量子井戸の材料やサイズをうまく選ぶと、放射される電磁波の周波数をちょうど1〜10THz程度にすることができる。
 図2は超短パルスレーザ光を用いてポラリトンを励起したときに観測された電磁波波形である。確かに周期が1ピコ秒以下(従って周波数が1THz以上)の電磁波が放射されていることがわかる。

図1 半導体微小共振器

図2 THz帯電磁波波形



今後の展望

 固体物理学の分野ではポラリトンという概念は極めて重要で一九五○年代から研究されてきたが、もっぱら物理学的な側面が中心であった。本発明ではこのポラリトン状態が電磁波源という極めて現実的な機能を有することを初めて指摘した点が重要であると考えている。現在、本発明の方法で電磁波を得るには素子を10K程度の低温にする必要があり、実用的な観点からみるとさらに検討が必要である。一方、ポラリトン状態に伴う電子数の超高速な振動からは、半導体素子内で高周波の電圧振動を作り出せる可能性もあり、今後研究を進めたいと考えている。


プロフィール        
(やまにし・まさみち)
☆一九四一年 大阪府生まれ
☆一九六四年 大阪府立大学工学部電気工学科卒業、
 一九六六年 大阪府立大学大学院工学研究科電気工学専攻修士課程修了、
 一九七一年 工学博士
☆大阪府立大学工学部助手、広島大学工学部助教授、purdue大学客員教授を経て、現在広島大学工学部教授、同大学院先端物質科学研究科研究科長
☆現在の専門 半導体量子光学




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