自著を語る

『ナチスと最初に闘った劇作家
−エルンスト・トラーの生涯と作品−』

著者/島谷 謙
(四六版,348ページ)3,500円(本体)
1997年/ミネルヴァ書房21世紀ライブラリー
 



〈その生涯〉
本書はドイツ表現主義演劇を代表する劇作家E・トラーの生涯を辿り、彼の生い立ち、二十世紀初頭のドイツの日常、第一次大戦の戦場体験、大戦末期のドイツ革命への参加、獄中体験、ヴァイマール時代から一九三○年代の亡命時代に至る活動、スペイン内戦への関与までを各章で論じた。本書にはもう一人の軸となる人物がいる。それはアドルフ・ヒトラーである。二人は第一次大戦勃発の報せにミュンヘンで相次いで軍隊に志願し、その後、二人の運命は幾度か交錯する。トラーは戦場で負傷し、除隊後、一転して反戦平和運動に参加し、革命とともに成立したバイエルン・レーテ共和国の首班となる。その時、同共和国の一補充兵にヒトラーがいた。ヒトラーはこの共和国を憎み、反ユダヤ主義の政治団体に入り、政治家としての活動を開始する。やがてヒトラー政権が誕生するとトラーは亡命し、反ナチ活動に奔走する。

〈劇作家として〉
こうした社会的活動と並行して彼の作品世界を年代順に考察し、ブレヒトの演劇、マックス・ウェーバーの政治思想やD・ボンヘッファーのナチスに対するキリスト教的抵抗、アジアの知性ネルーとの交流等同時代の思想家、作家との対比を交え、作家の全体像を捉えようとした。日本におけるユダヤ系ドイツ人作家の評伝としてはベンヤミン、ツヴァイク、ツェラン等に続くものであり、「トラーの生涯と事業を精細にそして透徹した史眼をもって再現」(石堂清倫)等と評され、既に一二○を越す大学図書館に配架された(nacsis)。文系の研究者は、自らの研究を著書として世に送り出さなければならない。三十代の仕事としてまとめた本書によって研究者としての分水嶺を超えることができた。人間の自由と尊厳をかけて、人類史上最大の悲劇に正面から立ち向かっていった劇作家の生涯と芸術創造の軌跡を、一人でも多くの人に知ってもらえればと願っている。


プロフィール        
(しまたに・けん)
☆一九八七年筑波大学大学院文芸言語研究科博士課程単位取得
☆所属=広島大学総合科学部助教授
☆専門=近現代ヨーロッパ社会文化、独文学





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