2000字の世界(35)

既製服と装う心の研究

文・ 林  隆 子(Hayashi, Takako)
教育学部教授
人間生活教育学講座

 
 最近、大学構内で会う学生たちの髪の色、服装などを見るにつけ、その心の内をのぞいてみたいという思いがしています。ところで、被服心理学という研究分野があることをご存じでしょうか。人は、被服とかかわり合いながら一生を過ごしますが、毎日着る衣服を購入したり選択する動機、あるいはそれらを着た時の心理的な面を主として研究対象とし、着衣の心理学ともいえます。これに関する文献では、まず、二十世紀のはじめに米国のフラッカスがニューヨーク州の師範学校の学生を対象に、布地の違いによる着心地に関すること、被服にかける経費および日常着と晴れ着の着用感の相違などを調査したものが挙げられます。その後、一九三〇年代からファッションの大衆化が進むのに伴って盛んに研究されるようになったものです。
 日本では、米国の影響を受けて一九八〇年代に入って研究会がもたれるようになり、今日に至っています。
 なぜ、この研究が米国で先駆けて行われるようになったのでしょうか。フラッカスが布地の質感や被服重量などと着心地との関連に関して調査したことは、一八八四年のレーヨンの発明に始まる新素材の開発には欠かせない問題点であったと思います。一方、十九世紀の紡績機、織機の発明・開発は、布地の量産化を実現し、一八五〇年代のシンガーによるソーイング・マシンの改良普及によって、一九二〇年頃から米国ではファッションビジネスが台頭し、出来上がった衣服のカタログによる通信販売が盛んに行われるようになりました。それは、今まで一部の人々が享受していたファッションが大衆のものとなり、従来の服装の規範などについても大きな変革期を迎えたことを意味します。
 衣服を作って着る時代から選んで着る時代にいち早く入った米国であったから、このような研究が推し進められたのではないかと思います。日本では、一九七〇年頃からアパレル産業が出現し今日に至っています。このように被服産業の発展によって既製服社会になったことと被服心理学の研究が進められたこととは大いに関連があるようです。皆さんは、毎日着る衣服をどのようにして選んでいるのでしょうか。現在衣服は、素材出来栄えなど様々なものが豊富に出回っています。その中からどのようにして自分らしさを表現するものを見い出し、選び出しているのでしょうか。
 さて、少し話は変わりますが、私はおよそ十年前に米国で六カ月生活する機会をもちました。そこで気がついたことは、日本の人々は、髪、眼、肌の色そして体形がほとんど同じなのに対して、米国では髪、眼、肌の色は勿論のこと、体形も男女を問わず相撲取りのような人から小柄な人までいろいろな人がいることです。このように多彩な人々が満足する衣服が供給されていることに驚嘆したことを思い出します。これも被服心理学研究の発端が米国であったことの理由の一つではないかということです。私は、この研究分野の専門家ではありませんが、学生と接しながら思い出した研究分野について書いてみました。


“EVERYDAY FASHIONS OF THE TWENTIES
-As Pictured in Sears and Other Catalogs-”
Edited by Stella Blum

 



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