文・ 山 下 彰 一(Yamashita, Shoichi)
平成十一年度国際交流委員会委員長
(大学院国際協力研究科教授)
国際交流委員会では、ノーベル賞級の科学者や国際的に注目されている知名人を招聘し、広島大学の学生や教官を対象とした「国際学術講演会」事業を平成十一年度から開始することにした。本事業のねらいと、昨年度実施した第一回国際学術講演会の経緯や成果などについて報告する。
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ねらい
ねらいの一つは、学生時代に世界的な知名人の謦咳に接し、示唆を得ることが、その後の人生や研究生活において大きな励みになると考えられることである。東京の学生と比べてこうした機会が少ないと考えられる本学の学生諸君に対して、世界的人物やこれから重要な仕事をされる可能性の高い中堅・若手研究者等を毎年お呼びし、刺激のある話を提供していただくということの意味は大きいはずだ。
魚類のゲノム研究
第一人者をお招きして…
学生時代に世界的な科学者の話を聞く
第一回目の講演会は、二○○○年二月二十二日(火)にアメリカ・ニューハンプシャー大学動物学部教授のトーマス・D・コーカー博士をお招きして実施された。演題は、「魚類のゲノム研究の意義と展望」(Evolutionary Genetics in the Age of Genomics)というまさに現在世界が注目しているテーマであった。博士は、魚類分子進化学者の第一人者の一人であり、最新の出版物 Molecular Systematics of Fishes の編者の一人である。
中央図書館ライブラリーホールを会場にして行われ、牟田副学長の流暢な英語による歓迎の挨拶から始まった。一時間十五分の英語による講演の後、熱心な質疑応答が続き、予定の時間を超える盛況であった。PR不足にもかかわらず学生、教官合わせて約八十名が集まってくれたことが嬉しかった。
開催上の難問は、開催経費をいかに捻出するかであった。海外から招へいすると経費が高くなるので、当面は日本に滞在中の科学者、知名人を広島にお呼びする方針で臨んだ。開催経費については、原田学長のご理解によって学長予算から経費を賄うことができた。ともあれ無事にスタートできたことを関係者一同喜んでいる。
コーカー博士の専門領域は、進化遺伝学といわれる。この領域の研究は、生物体の遺伝的表現型とDNAとの関連を明らかにし、系統発生学および生態学的な背景における塩基配列の違いを確認することであり、この研究は表現型に関与する遺伝子数の解析、マイクロサテライトによる遺伝地図分析などにより行われている。
コーカー博士は、アフリカのマラウイ湖を実験地とし、その中でも特に種分化の激しいCichlids(カワスズメダイ)であるテラピアを研究対象にしており、講演ではこれらの成果を中心に詳細に報告された。マラウイ湖には千五百種に及ぶテラピアが存在するが、研究はそのテラピアの自然状態における交配様式の観察からはじめている。これを遺伝学的見地から魚の系統発生に関する研究を行ってきたわけである。コーカー博士は、進化過程の観察から分化は約百万年前にさかのぼると考え、特に体色が交配相手の選択に重要で、体色や体色を識別する眼の色素胞と遺伝子との関連について研究され、これらの成果が講演会でご披露された(専門的記述は生物生産学部中川平介教授の助けを借りた)。
講演するコーカー博士 |
会場では沢山の質問が飛び出した。その中には、研究に用いたテラピアの種類は何種類か?(A.五百種類用いた)。種の違いをどのようにして確認したか? (A.雌雄を合わせて交配するか否かで確認)。マラウイ湖のテラピアは元来どこから来たものか? (A.地中海からと思う)。交配の際、雌が雄に対して選択行動をとる時の動機は何か?(A.雌が分泌するホルモンであろう)などがあった(かっこ内はコーカー博士の回答)。
実は、この講演会シリーズは今回が初めてであったため、どなたを招へいすべきかが最大の問題であった。国際交流委員会委員全員が候補者の選定に当たった。最終的には、文部省が助成する国際シンポジウム「天皇陛下在位十周年記念・魚類の多様化に関する国際シンポジウム」の招へい者の中から選ぶことになり、このシンポジウムを主催する東京大学海洋研究所の西田睦教授と本学中川平介教授のご協力を得て、コーカー博士を推薦していただいた。
コーカー博士は、大変気さくで人懐っこい方だった。JR広島駅に出迎え、平和記念公園と宮島をご案内したが、一九○センチ近い長身を折り曲げて、もみじ饅頭を食べ、抹茶を喫する姿がユーモラスであった。
専門以外でも、例えば、私がアジア経済を研究しているというとかなり突っ込んだ質問をしてくるし、米大統領予備選挙に触れて、ブッシュJrはどうかと私が聞くと、猛然と反対論を展開した。宮島の朱の鳥居や厳島神社を不思議そうに眺め、宮島名物の大しゃもじに大げさに驚いたり、とにかく純粋で快活な方という印象であった。
講演の前後には、生物生産学部の研究室にも足を運んでもらい、若手研究者や大学院生などへの指導も気さくに応じて下さった。それでも広島空港へお送りしたとき、生物生産学部の研究室をもう少し多く回ればよかったと、済まなさそうにつぶやくのであった。
国際交流委員会では、今後、年二回の講演会開催を目標にしている。教官各位におかれましては、この講演会に適切と思われる方が来日あるいは滞日されるという情報を得た場合には、是非とも国際交流委員会(委員長:片岡勝子教授)にご連絡願いたい。
また、各部局で開催される同種の講演会についても、国際学術講演会の名称を使い、国際交流委員会の主催あるいは共催、または後援といった様々な連携の仕方が考えられる。各部局と協力していけば、年数回の開催も不可能ではない。
医学部が招へいするノーベル賞作家大江健三郎氏に、学術講演会での講演をお願いする話が進んでいる。国際学術講演会シリーズに大物科学者や「時の人」をタイミング良くお招きし、学生や教職員に喜ばれる企画を打ち出して欲しい。
講演者の横顔
Dr. Thomas D. Kocher
○1981年 イエール大学生物学部卒業
○1986年 コロラド大学 Ph.D.
○1986−89 カリフォルニア大学 バークレー研究員
○1989年 ニューハンプシャー大学動物学部助教授、同準教授を経て、
○1999年 同教授
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