医師と結核
保健管理センター
文・所長 中村 重信
写真・講師 前田 晃宏
今でも結核はある
昨年、放射線科を専門にされている七十四歳のA医師が広島大学病院に入院した。彼は末梢神経の病気と脳梗塞の後遺症を抱えながら、立派に診療を続けていた。もう少し楽にお仕事ができればと考えて入院させた。入院直後より微熱と咳が出たので、胸部のX線写真を撮影した。その写真には十七歳の時の古い結核の影の他に、右肺の下方に淡い異常な影があった。肺炎によると思えないので、痰を染色して結核菌を証明した。
結核はうつる
結核は空気を介して他の人にも感染して肺結核を発病させる危険がある。結核は患者自身だけでなく、周囲の人にも影響が大きい。患者さんが結核で、痰などに結核菌がみつかり、感染の恐れがあれば、感染が広がらないように隔離する。
A医師にも隔離病棟に入院してもらった。結核菌の排出がみられた場合、感染の広がる恐れがあるため、周囲の人たちへの感染があるかどうかを確かめる必要がある。特に、入院患者さんから結核菌の排出があった場合は同じ部屋の患者さん、病棟に勤務していた医師や看護婦への感染を調べる。
結核の感染を調べる
結核感染を確かめるためには、ツベルクリン反応を行う。前腕にツベルクリン液を少量接種して、四十八時間後にその反応をみる。結核菌の感染があった場合、ツベルクリン反応は強陽性となり、大きな発赤(赤くなる)や硬結(硬くなる)や潰瘍(皮膚が壊れる)がみられる。
周囲の患者さん、医師、看護婦にツベルクリン反応を検査すると、大半の人には異常がなく、結核感染は否定されたが、二人の若い医師が強陽性であった。うち一人はA医師を主に診察していた医師で、強陽性の二人は咳や熱があったため、胸部のX線写真を撮影した。X線写真には異常はなかった。
結核は治る
結核はストレプトマイシン、ピラニナミド、イソニアジド、リファンピシンなどの抗生物質によって治る。A医師にも抗生物質による治療を始めた。痰の結核菌は間もなく消え、微熱や咳もなくなり元気になられた。数カ月後には職場に復帰されて、地域の住民のための医療を行っておられる。「入院して早く結核を発見してもらい、治ったおかげで、今も医療行為ができる」と言っておられる。また、A医師の治療に当たっていた二人の医師には、念のため抗生物質を予防投与したが、現在も元気に仕事をしている。
結核に意識を向ける
私が驚いたのはツベルクリン反応強陽性の二人の医師が今までツベルクリン反応をした記憶がないということだった。患者さんを診察する前のツベルクリン反応の結果が分かれば、抗結核薬の予防投与をしなくてもよかっただろう。これらの教訓から、広島大学医学部・歯学部では臨床研修を受ける学生にツベルクリン反応を行うことにした。ツベルクリン反応で異常のある人はX線検査を受けて頂く。さらに、厚生省からも「結核緊急事態宣言」が出されて、結核感染の予防に対して注意が喚起された。
昔、結核は死病と恐れられていた
結核はかって我が国では死亡原因の第一位であった。青年期に結核で死ぬ人が多かったため、平均寿命も若く、「佳人薄命」も女性結核患者のことであろう。
特に、結核の診療に当たる医師は多数若くして結核で亡くなったものだ。A医師も十七歳の時に肺結核による胸膜炎に罹って、苦労されたようだ。また、今回の肺結核の再発も、肺結核で結核菌を排出している患者さんからうつったものかもしれない。
自分と結核
私の祖父も耳鼻咽喉科の医師で喉頭結核の手術を専門にしていた。結核患者さんを診療している間に自分も肺結核に罹った。咳をしながら頑張って仕事に打ち込んでいた祖父の姿を覚えている。私も子供の頃にこの祖父から肺結核に感染し、長生きできないものと諦められていたが、この年まで生き永らえている。現在でも胸部X線写真には肺結核が治癒した後に残る石灰化巣がみられる。
医療関係者と結核
医師や歯科医師は結核に感染する機会が多いだけではなく、患者などに病気をうつす危険の自覚が大切である。そのため、医療関係者は自分のツベルクリン反応の結果を知っていなくてはならない。医者の不養生と言われないため、保健管理センター霞分室のX線撮影機の老朽化など、結核予防を再検討する必要がある。
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