文・ 坪井 雅史(Tsuboi, Masashi)
広島大学リサーチ・アソシエイト
現在、広島大学文学部を拠点の一つとして、「情報倫理の構築」プロジェクト(Foundations of Information Ethics:略称FINE)という研究プロジェクトが進展しています。FINEは、平成十年度に日本学術振興会の未来開拓学術研究推進事業の研究プロジェクトとして発足し、現在三年目を迎えています。FINEのコアメンバーは、本学文学部の越智貢教授の他、京都大学の水谷雅彦助教授、千葉大学の土屋俊教授で、研究協力者は総勢三十名あまりにも達する全国的で大がかりな研究プロジェクトです。
周知のように、近年情報ネットワーク網が急速に発達し、それにともなってネットワーク上のセキュリティーや、プライバシーの問題がしばしば話題になっています。このような問題に対しては、技術的な対応や法律面での対処などが強く求められるところですが、それとともに、そうした技術整備の方向性や法整備の基礎となるべき哲学、倫理のあり方が根本的に問われることになります。というのも、これまでの基本的概念が情報化という局面において役に立たなくなりつつあるからです。
例えば、著作権をとってみても、ネットワーク上の著作権は、従来のように複写(コピー)の権利として考えていては、web上の著作物を見ることすらできなくなってしまいます(web上のデータを見るには、それを一時的に自分のコンピュータ上にコピーすることになるのですから)。従って、著作権をコピーの権利としてではなく、利用形態に応じた財産権の保護、あるいはフリーウェア等のソフトウェアの作者に対する名誉を保障するための権利など、著作者の権利を保護するための新たな権利概念として規定し直す必要があるのです。
情報化社会におけるこうした問題に対処しようとする倫理学は、「情報倫理学」と呼ばれますが、これは生命倫理学、環境倫理学などと並んで、「応用倫理学」と呼ばれる研究領域のなかでも最も新しい領域といえます。一般に応用倫理学は、現代の急速なテクノロジーの発達が人間社会につきつける、既成の価値や規範では対応できない新しい問題に対処するための学問領域といえます。本学文学部の倫理学研究室では、筆者を含め、以前からこのような応用倫理学の研究を積極的にすすめていますが、特に情報倫理の領域は、わが国のみならず世界的に見ても未だ萌芽的な研究にとどまっており、このプロジェクトの成果は先端的かつ本格的なものになることが期待されています。
さて、情報倫理学研究の中でも、広島拠点では、主に情報倫理教育に関する研究を担当しています。本学でもそうであるように、大学におけるネットワークの普及のみならず、今後、初等中等教育の現場にも、ますますインターネットが普及することは間違いありません。そうしたコンピュータの利用層の若年化を鑑みると、情報倫理の問題が情報教育と密接な関係を持つことは明らかです。
例えば、上に述べた著作権に関しては、学校で先生や子どもたちがweb上の資料を使おうとしたときにどこまで問題なく利用できるのかといった問題や、生徒のプライバシーの保護と、情報発信による教育効果の間でどのように折り合いをつけたらよいのかといった問題など、多くの問題が研究対象になります。さらには、学校の情報化を介して地域と学校との連携が進みつつありますが、情報化がこれからの学校をどのように変えていくのかなど、学校における教育の在り方についての問題にまで研究対象は広がっていきます。
このような状況をふまえて、私たちは様々な内外の教育機関と連携し、理想的な情報倫理教育のありかたを考察し、具体的な教育システムの構築への提言を行なうことを目指しています。そのため、越智教授の他に、本学総合科学部の正法地孝雄教授、成定薫教授、経済学部の椿康和教授、情報処理センターの相原玲二助教授、文学部の近藤良樹教授、松井富美男助教授、姫路工業大学の別府庸子教授、さらには千葉県東金市にある千葉学芸高等学校の高橋邦夫校長にも研究協力者として参加していただいています。
さて、次に、これまでの広島での研究成果等について簡単にご紹介しましょう。(詳しくはホームページに掲載されていますのでご参照下さい。図1参照)
通常は、主に次のような活動を行っています。
・情報教育関係HPリンク集作成
・情報教育関係の文献紹介
・情報教育インタビュー報告
・毎月の定例研究会の開催
なかでも、毎月の定例研究会では、情報倫理・情報教育に関わる様々な方々を招いて、報告・議論を重ねています。この研究会には、情報倫理・情報教育に関心のある方ならどなたでもご参加いただけますので、是非お越し下さい。(毎月のプログラムの案内は、図書館や、各学部の掲示板等に掲示していますのでご覧下さい。また、メールでご連絡いただければ、案内状を送付させていただきます。)また、教育現場における諸問題を具体的に明らかにするために、小学校・中学校・高校に出向いてインタビュー調査なども行っています。
こうした研究を基盤にしつつ、昨年、全国の小学校・中学校・高校・養護学校、約五百校の一万千名弱の教員を対象に、情報倫理に関するアンケート調査を実施しました。今後、学校におけるインターネット利用が普及するにつれて、学校でもその教育が求められることになりますが、教育主体となる学校教員の情報倫理意識を調査しようとしたわけです。この調査については、先日、NHKの朝のニュースでも特集の形で報道されました。
また、今年の二月十九・二十日の両日、広島市の中電ビルで「情報倫理と教育フォーラム─FINE2000─」を開催し、全国から多くの研究者・学校教育関係者に参加していただきました。ここでも、京都大学総長をはじめ、情報倫理に関する大学の研究者だけでなく、文部省の教科調査官、小学校・中学校・高校・高専・大学、あるいは企業の情報教育に携わる方々を招いて、現在の問題点や、今後の情報倫理教育のあるべき形などについて報告していただいた上で、会場を交えた議論が行われました(図2参照)。さらに、今年度末には、こうした議論を世界的なレベルで行うために、国際フォーラムの開催も予定されています。
こうした研究は、従来の倫理学者による歴史・文献解釈的研究だけでは到底答えの出るものではなく、むしろ問題が生じている現場の人々からの意見の整理・集約などが研究方法として重要になります。
本学の教職員・学生のみなさんは、まさにこの現場に立ち会っているわけですから、是非FINE広島の研究会にご出席いただき、ご意見などをいただきたいと思っています。
プロフィール
(つぼい・まさし)
☆1965年 大分県生まれ
☆広島大学リサーチ・アソシエイト
☆倫理学専攻
☆所属:文学部倫理学研究室
☆Tel&Fax: 0824-24-6635
☆E-mail:mtsuboi@hiroshima-u.ac.jp
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