国立大学の独立行政法人化 

−何をどう考えるのか−


文・ 佐 藤 清 隆(Sato, Kiyotaka)
生物生産学部教授

 昨年、国立大学の独立行政法人化(独法化)問題が急浮上してから一年が経過しました。今春には政治レベルに発展してにわかに緊迫度を増し、「独立行政法人」でなく「国立大学法人」という話も出る中で、文部省による「特例措置」の具体が示される「平成12年度の早い時期」を、まもなく迎えようとしています。
 私は、本学評議会のマスタープラン部会の独法化問題検討ワーキンググループ(WG)の一員として、この問題の情報収集・整理にあたり、その検討報告(以下、「報告」とする)の作成に参画しました。そのため本特集に私の寄稿が依頼されたと思いますが、本稿では個人として、皆様に「独法化」を考える素材を提供することにします。なお表題のうち、「何を」は立場を越えて直面する課題の整理ですが、「どう」には価値観が入りますので、前者では「報告」を紹介し、後者では私見を述べます。

 



一 何を考えるべきか? ─WG報告より─

 一月二十七日提出の「報告」は、「I.はじめに、II.独立行政法人化によって想定される国立大学の変化、III.広島大学のめざす大学像の再確認、IV.独立行政法人化への対応における広島大学の課題、V.おわりに」からなりますが、本稿の主題はおもにII章に対応します。(本節の括弧部分は「報告」からの引用)
(一)なぜ独法化が問題となるのか
   行政改革における公務員削減の目標達成の目玉として、国立大学の独法化が浮上しましたが、実は法人化構想は以前より出ていました(例えば、一九八六年の臨教審での議論など)。今の時期に法人化が出された背景には、行革に加えて、大学が果たすべき役割についての社会からの厳しい問いかけがあります。「報告」は、それに応えるために、「日本の教育と学術研究の水準を高める方向を具体的に示すことが不可欠である。その立場から、国立大学をどのような設置形態にすればよいのか、その条件は何か」などについて、大学自身が真剣に考える必要性を強調しました。
(二)「独法化」をどうみるか
   「報告」は、「大学の自主性が担保されて法人格を有した場合、独立行政法人化を契機に今までなし得なかった改革が可能になる」として、予算の弾力的運用、人材確保などの大学運営の改革、大学経営上のインセンティブの付与、大学の柔軟な組織運営などを挙げました。ただし通則法の意図する独立行政法人は、国の行政活動のうち「政策の企画立案機能」と「実施機能」を分離するという理念に基づきます。「そのような分離は、『ニーズ』や『効率』の理解次第では、教育と並んで研究を本務とする大学にはふさわしくない」との立場を示したうえで、独法化する大学に自主性を担保する条件として、(1)組織運営(責任ある大学の自治の制度的な保証)、(2)財政的基盤(基盤的教育・研究に配慮した予算措置)、(3)評価と資源配分(同僚による評価を基本とする評価の尊重)を提起しました。
 独法化した場合は「大学の目標・計画について認可及び事後評価が基本」となり、「財政基盤はこれまでとは大きく変わり、基本的には運営交付金、授業料収入および外部資金が主たる財源」となります。従って、情報公開と教育研究における社会的責任を果たすための努力、組織運営における効率性、さらには競争的環境のもとでの教育研究面の質の向上が求められます。そして「報告」は、いかなる形で独法化されようとも、「それを広島大学の教育研究の水準の向上に資するためには、広島大学自身が自己改革のアクションプランを持つこと」が必要であるとして、III章とIV章でそれを詳論しています。
(三)「独法化」でどう変わるのか
   「特例措置の法的形態や詳細な制度設計は流動的」とした上で、「報告」は独法化した場合の大学運営で生じる変化を、(1)目標・計画・評価に基づく大学運営、(2)財務運営、(3)人事管理、(4)大学管理及び教員人事自主権、(5)組織編成、(6)行政改革との関係、(7)移行の形態、(8)教育研究に及ぼす影響、について検討しました。要約すると、独法化により「各大学はそれぞれの大学の使命や役割を自主的に検討し、目標として設定・提示することが求められ、説明責任は大学に属する」のですが、財政面でも企業会計原則(その詳細は検討中)の採用にともない、予算のアカウンタビリティ(説明責任)が求められます。従って、大学の理念に基づく教育研究の計画と実施、その財政的裏づけという、今までにない総合的な観点から、大学の識見が問われるのです。

広島大学事務局



二 どう考えるべきか?

 「決まったから仕方がない」とか「これまでが最善」と思わないで、今後のあるべき大学の姿を明確に見据えて議論することが必要でしょう。そのための論点として私は、「大学への社会的ニーズとは何か」と「どの時間スケールで誰が大学を評価するか」を挙げます。
 よく「社会的ニーズ」すなわち先端産業分野と思われますが、人文・社会科学や基礎科学も広く社会の深部からのニーズに合致しています。例えば、昨年暮に民間主催の大学案内イベントに私も参画しましたが、「人を愛すること」をテーマにした本学教官の講義に、若い高校生が殺到したのに感銘を受けました。社会的ニーズは、多様で重層的なものです。また非常に独創的な研究は、「研究を進めていく過程でのアクシデントで生まれることが多い。研究計画書通りに研究が進んだとしたら、たいした発見ではない。」(利根川進、「科学新聞」四月七日)との思いは、誰もがお持ちでしょう。さらに、大学では「落ちこぼれ」ているようにみえた学生が、その後に大成して逸材となった例も数多くあります。ですから、教育・研究の評価についても、多様で重層的で長期的視点が不可欠です。
 今の議論が欧米のキャッチアップではなく、独創的な未来を開拓するための大学への変革を目指すならば、それにふさわしい度量と識見を示すことが、行政側にも、私たちの側にも求められていると思います。

広島大学の三つのキャンパス

東広島キャンパス

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東千田キャンパス


 プロフィール

(さとう・きよたか)
☆生物生産学部食品科学講座教授
☆専門 食品物理学(食品・生体分子の分子集合体の物理解析)




 
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