米国州立大学にみる独法化の姿 



文・ 牟 田 泰 三(Muta, Taizo)
副学長

 アメリカの州立大学を訪問し、管理運営の立場から教育研究の実状を見てみると、州立大学の現状が独立法人化(以下、「独法化」と略記)後の日本の国立大学の姿を暗示しているような印象を受けます。以下では、州立大学の運営実態を紹介するとともに、それをもとにして、独法化のあるべき姿と広島大学が目指すべき方向について私見を述べたいと思います。

 



一 州立大学の改革

 アメリカの大学は大別して州立大学と私立大学に分かれます。
 私立大学は、その財源を州政府に全く依存していません(日本の私立大学は国から助成金を得ています)。研究等のための資金としては国(連邦政府)のグラント(研究補助金)を得ています。それ以外の運営資金は、授業料等収入や民間からの資金、大学の資金運用による収益、その他の経営収益などから賄われています。
 州立大学は、かつては、州政府機関の一部と位置付けられており、日本の国立大学が政府機関の一部と位置付けられているのと似た状態でした。大学運営のための必要資金は州政府から支出され、逆に授業料等収入は全て州政府に納められていました。一部私的なグラントからの資金導入はありましたが、これは現在の日本の国立大学でも同じことです。毎年の予算要求は州政府に対してなされ、州政府側がそれを査定していました。大学運営の財源を州に依存しているので、当然、州政府の方針や州議会の決定に従うことが義務づけられます。日本の国立大学と文部省の関係と同じです。
 ところが、十年ほど前に、州立大学の改革が始まりました。この改革は、州の財政危機が主たる動機であったようです。改革の結果、州立大学の経営が大幅に自由化されるとともに、経営のための財源が多様化することになりました。例えば、これまで州政府に納入していた授業料等の収入は大学会計に組み入れることができるようになり、従って、大学の経営状態に応じて授業料の値上げ・値下げを行うことができるようになりました。
 改革後は、州立大学は州政府エージェンシーの一つとみなされています。即ち、かつて州政府機関の一部であった州立大学は、今や州政府関係機関(州政府エージェンシー)と位置付けられているのです。日本では、イギリスの行政改革からエージェンシーという言葉を借用し、それを独立行政法人と訳していますが、アメリカの州政府エージェンシーにその源があるとも考えられます。日本でも当初、外庁と訳されていたのはこの意味だと思われます。
 改革後も州立大学(state university)という名称は引き続き用いることとなりました。改革前と違って改革後は、同じ州立大学でも、その経営内容が大学によってまちまちとなりました。現在、州立大学とよばれている大学も、州からの財政支援の度合いに応じて二種類に分かれています。それらは、州が維持する大学(state-supported universities)と州が援助する大学(state-assisted universitiesまたはstate-related universities)とよばれています。州が維持する大学では、運営費の五割から七割を州政府から交付されるので、これを授業料等収入と合わせると、最低限の運営は可能になります。
   一方、州が援助する大学では、州政府から交付される資金は運営費の一五%から二○%であり、これに授業料収入を加えても最低限の運営もできません。そこで、国(連邦政府)のグラントの獲得に励むとともに、私的な資金の導入、書籍部やレストランやスタジアムなどの経営収益、同窓会を中心とする財政支援、手持ち資金の運用による収益などあらゆる財政努力を行うことが必要となります。
 大学運営費は州政府から交付されますが、徐々に削減されています。大学運営費が決まるプロセスの概要は次の通りです。まず、州立大学は六年程度の大学の長期運営計画と財政計画を州政府・議会に提出します。さらに、二年程度の短期計画を一年おきに提出します。この書類をもとに評価が行われ、評価の結果を受けて予算措置がとられているようです。また、これらの長期・短期計画の他に、毎年、別途、概算要求を行っています。


二 改革を経て

 今回の訪米では、ちょうど日本の国立大学の独立行政法人化問題が検討されているさなかでもあったので、大学経営の状況を知りたいと考え、各大学の首脳陣と会うたびにこれに関する質問をしてみました。幸い、各大学とも協力的であり、学長、副学長、財政担当部長などがこの議論のために時間を割いてくれ、有益な討論ができました。訪問先のうち州立大学は、アラバマ大学、ピッツバーグ大学、ハワイ大学の三校でした。この三校のうち、ハワイ大学が州が維持する大学であり、アラバマ大学とピッツバーグ大学が州が援助する大学です。以下では紙面の都合により、ハワイ大学とピッツバーグ大学について詳しく紹介し、アラバマ大学の紹介は省略します。

訪問調査中の筆者(右)



三 ハワイ大学では

 ハワイ大学(マノア校)は、創立一九○七年で、学生数(含大学院)約二万人、教員数一四○○人ですから、規模的には広島大学(学生数一万七千人、教員数一七五○人)と同じ程度だと考えられます。ただ、ハワイ大学はマノア校以外にも沢山のキャンパスを持ち、それら全体を合わせると学生数の合計は四万五千人にものぼるマンモス組織です。州立大学の中でもハワイ大学は改革に最も遅く取り組んだ大学の一つで、一九九五年に改革を行っています。
 ハワイ大学の歳入(予算)の内訳は表1のとおりです。

表1 ハワイ大学の歳入と歳出の内訳
 
(歳入) (歳出)
州からの運営費交付金 50.6 教育関連費 33.7
国のグラント 19.2 研究費 20.2
授業料等収入 14.3 学術・学校支援費 17.8
事業収入・寄付金等 10.9 学生関連・奨学金等 7.0
私的・地域グランド 5.0 公共事業費 6.1
維持費・作業費・予備費・その他 15.2
 州政府からの運営費交付金は金額にして三億六千五百万ドル(約四百億円)に当たります。国(連邦政府)のグラント等の総額は一九・二%で、国と州からの資金を合わせると六九・八%です。これに授業料・入学金等の収入一四・三%を加えると八四・一%になります。従って、残りの一五・九%を、寄付、事業経営、投資、同窓会からの支援などで賄っているわけです。こう言うと順調な経営のように聞こえますが、実は経営改善のために一昨年、二倍近い授業料値上げをしています。ハワイ州居住者に対して、従来、授業料が一三○○ドル/年であったものを二四○○ドル/年としました。
 州政府からの運営費交付金(の絶対額)は、一九九五年の改革以降増えていません。それどころか微減です。運営費交付金は次のようなプロセスを経て決まっています。ハワイ州では、州法によって、全ての州政府関係機関(州政府エージェンシー)は、六年間の運営計画と財務計画(これを長期計画とよびます)を、州政府・議会に提出することになっています。また、二年おきに隔年計画も提出することになっています。ハワイ大学も州政府関係機関の一つですから、この法律に従って、書類を提出しています。州政府・議会では、これらをもとに評価が行われています。州政府・議会はこれらの評価をもとに予算措置を講じていますが、実際は、毎年の概算要求が予算を決める直接の効力を持っているようです。毎年の概算要求事項には、運営実施計画、計画の実施状況、計画の有効性、過去の実績、問題点と改善点、などが含まれます。
 授業料等収入は重要な財源です。授業料や入学金は値上げすればすぐに収入増につながるのですが、あまり値上げしたら、もちろん学生数減につながります。授業料や入学金収入に関しては、次のような不等式を念頭に置いているとのことでした。

 全予算>3×(授業料等収入)>州政府交付金

これも五年間の経験に基づく生活の知恵でしょう。
 大学では、外部資金の導入を増やすよう努力したり、同窓会組織による支援事業を行ったり、支出を削減する努力をしたりしています。ハワイ州は米国の他の州に比べて産業に乏しく、観光収入だけが頼りです。だから、私的グラントを獲得するのは大変のようです。ハワイ大学では、東西文化について研究する 東西センター が有名ですが、このような研究を目玉として各国からの資金の導入に力を注いでいます。現在、すばらしい韓国館が建設中であり、経費はすべて韓国政府持ちだと聞きました。
 大学の共通経費を賄うために各グラントからオーバーヘッド(共通経費負担分)を取っていますが、これはマノア校では四○%だとのことです。ただし、大学全体で平均すると一○%以下に留まっています。支出を削減する努力の中には、人件費の削減(転出・退任教員ポストの不補充)、維持費の削減、設備・備品費の削減が含まれます。特に困っているのは、維持費の削減のようです。米国の大学のキャンパスは維持管理が行き届いているのはご存じの通りです。ところが、これがいまや危機にさらされているとのことでした。
 歳出の内訳は表1のとおりです。ここで、人件費は別立てではなくて、それぞれの歳出カテゴリーに含まれているのでご注意下さい。


四 ピッツバーグ大学では


ピッツバーグ大学本部棟
Cathedral of Learning



 ピッツバーグ大学は、創立一七八七年という伝統を誇り、学生数が三万二千人、教員数は三千八百人です。広島大学の二倍程度の規模ですが、キャンパスは市街地にあるため、あまり広くはありません。ペンシルバニア州では、ピッツバーグ大学やペンシルバニア州立大学は州が援助する大学で、ペンシルバニア大学は私立であり、州が維持する大学はないようです。
 ピッツバーグ大学は、一九八○年代まではその運営財源の六○〜七○%を州政府から得ていたのだそうですが、九○年代に入り、州政府からの運営費交付金の割合は減少し、現在では大学予算総額の一六%になっています。州政府からの運営費交付金の絶対額はそれほど減っていないのですが、それ以外の財源の増加が大きいので州政府からの資金の割合が減っているのです。現在の収入の内訳は表2のとおりです。

 
  表2 ピッツバーグ大学の歳入の内訳
 

(歳 入)

国のグラント 〜40
授業料等 33
州からの運営費交付金 16
私的なグラント 〜10
投資収益、寄付金等 若干
 ここで私的なグラントとは、私的団体からの研究費や同窓会からの後援費などのことです。国のグラントはほとんど各研究チームが得ている研究費です。医学部がやはり一番元気で、全学の国のグラントの八○%は医学部で獲得したものです。国のグラントに対するオーバーヘッドは四九%で、大学運営費のために拠出しています。国のグラントでは、その申請時にオーバーヘッド関連費目の要求をすることができるので、グラントを受けている当の本人の研究に支障はないとのことでした。この点、日本の科研費の運用形態と決定的に違っており、注目に値します。国立大学の独法化と連動して、科研費の大幅増額とともにオーバーヘッド制度の導入を図るべきだと思います。
 予算配分にあたっては、副学長の一人を長とする企画調整局(Office of Institutional Advancement)というところが、各部局の長からの予算案を検討して採決しています。毎年自動的に予算配分が決まる日本の国立大学のやり方とは随分違います。支出のうち、八○%は人件費です。人件費の六○%が教員分で、四○%が事務官分です。建物等の維持費として支出の二○%をあてています。給料も、地位と勤務年数によって自動的に決まるのではなく、各部局に部局の長と数名のスタッフによる審査チームをおいて、各教職員の評価をした上で、一人ひとり決めています。


五 課題と展望

 米国には大学の格付けがあり、その格付けの中に研究大学(research university)という分類項目があります。一九九四年の「カーネギー分類」によれば、研究大学IとIIがあり、研究大学Iの定義は、「研究大学とは、全分野の学士課程プログラムを提供し、博士学位授与を目指す大学院を有し、研究に重きを置き、年間五十以上の博士学位を授与しており、年間四千万ドル以上の連邦政府資金を獲得している大学である」となっています。研究大学IとIIの違いは、国から得ている研究費の総額の違いのみですので、両者をまとめて研究大学とよぶことにしましょう。
 ハワイ大学、ピッツバーグ大学及びアラバマ大学はいずれも研究大学です。これらの大学の人たちにこのことを尋ねると、私たちは研究大学ですと自信に満ちた返答が帰ってきました。この格付けは州立大学と私立大学を問わず厳然として存在するのです。要するに、粗っぽくいえば、研究できる大学とそうでない大学が種別化されているということです。研究大学でないとグラントの獲得が非常に困難になります。日本でもこのような種別化は今まさに始まろうとしています。「大学院部局化」がそれに相当します。私は、広島大学は全学の大学院部局化を図り、研究大学としての地位を確立すべきだと考えます。
 以上みてきたように、日本の国立大学の独法化に相当することが、州立大学の改革という形で既に米国では実験済みなのです。米国の州立大学の例から学ぶべきところは率直に学び、必ずしも成功していないところはその原因を慎重に分析して日本の場合どうすべきかを考えるのは、これからの独法化の方向を探る上で極めて重要なのではないでしょうか。今回の調査から学んだことをまとめると、次のようになります。

(一)科研費などグラントの大幅増額を
 グラントをできるだけ多く取得することによって、競争的環境下での研究推進が可能となり、しかもオーバーヘッドを拠出することによって大学財政に寄与できます。

(二)オーバーヘッド制度の導入が必要
   科研費等のグラントから大学がオーバーヘッドを徴収することができるようにすべきです。ただし、科研費要求の時点で、オーバーヘッド関連費目(電気代、事務機器、家具調度など)を要求できるようにして、オーバーヘッドを拠出したために研究に支障が出ないような制度にすべきです。

(三)授業料収入の多様化
   授業料値上げに頼るのではなく、多様な入学方法を工夫し、授業料を多様化するなどして、総収入を伸ばすことができます。

(四)新規事業は慎重・着実に
   事業収入などは、米国州立大学でも、さしあたり総収入の一○%程度です。十分な調査の上で新事業には慎重に取り組むのが得策でしょう。

(五)長期計画・隔年計画の扱いは十分な議論が必要
   長期計画・隔年計画の評価及びそれに基づく対応については、米国各州でも現在見直しを行っているようです。これらを直接予算配分と結びつけるよりは、長い目で見て、大学をどう育てるかという検討をするために利用すべきではないでしょうか。
 大学を動かしていく基本理念が「知的文化の創造と継承発展」であることは言うまでもありません。しかるに、特に独法化のもとでは、大学経営という視点が重要性を増します。これからの大学経営には、大学におけるアカデミズムと社会におけるマーケット原理とをいかに融合させ、大学をいかに本来の理念のもとに運営していくか、が問われることになるでしょう。大学におけるアカデミズムを重視しすぎるあまり、社会のニーズから離れてしまえば、学生が集まらず研究も評価されなくなり、大学経営は破綻します。
 一方、社会のニーズへの対応に気を取られ過ぎて、すぐに役に立つ学問のみの推進を図り、社会ですぐに役に立つ学生のみの育成に追われていれば、長い目で見て人類の遺産となるような貴重な研究を失い、目立たないけれども社会の基盤を動かすような人材を育てることができなくなるでしょう。この両者、即ちアカデミズム原理とマーケット原理をいかに調和させ、協調的に発展させるかは難しい問題です。しかしながら、私たちはあえてこの問題に挑戦し、絶妙のバランスポイントを探し出し、社会のニーズに応えていく努力をすべきだと考えます。また、大学は単に社会のニーズに応えるだけでなく、大学の内にある創造性を発揮して、それに基づいて社会を引っ張っていく必要もあると考えます。
 最後に、いちいちお名前は挙げませんが、この報告をまとめるに当たって、前述の米国州立大学の学長、副学長、財務担当部長並びに国際交流センターの皆さんに大変お世話になりました。特に、ハワイ大学経理部長R・T・サカグチ氏は、度重なるEメールによる質問にも親切に答えて下さいました。ここに皆さんに心から感謝いたします。





 プロフィール

(むた・たいぞう)
☆一九三七年 福岡県久留米市生まれ
☆一九六五年 東京大学大学院数物系研究科物理学専攻修了(理学博士)
☆理学部教授(副学長)
☆専門分野=理論物理学、特に素粒子論
☆趣味=天体観測、スキー、釣り




 
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