留学生の眼(79)




留学で学んだこと

文・ 小河原 ミゲル 二郎(Ogahara, Miguel, Jiro)
大学院国際協力研究科 開発科学専攻
(ボリビア共和国 ラパス市出身)


 日本に来てから二年が過ぎ、この記事を書く機会を頂いたことを非常にうれしく思っています。
 第二次大戦以来、私の国や他の南米の国には非常に多くの日本人が入植しました。その中には私の父も含まれていました。私は日系人なので、ボリビアと日本という二つの文化の影響のもとで育ちました。これに関しては、自分はとても恵まれていたと思います。
 日本へ来る以前は、大学で経営学を勉強し、卒業後どこかへ留学して新しいことを学ぼうと思いました。その時はまさか本当に日本にまで来るとは思ってもみませんでしたが、結局試験に合格してあっという間に日本へ来ることになりました。
 日本に留学した理由には、以前から日本的経営について専門的に勉強してみたかったことや、日本経済が他のアジアの国、特に発展途上国において、どの程度影響があるのか興味を持っていたことが挙げられます。
 日本の学生は非常に競争的だと聞いていたので、来る前はちょっと不安でしたし、授業のペースについていけるかどうかも分かりませんでした。最終的に私は広島大学の大学院国際協力研究科(IDEC)に入学し、日本的経営やアジアでの日本経済の影響の研究をすることになりました。
 日本で勉強をするのは、思っていたより難しくありませんでした。それは授業が簡単だったからではなく、授業についていけるよう一生懸命努力したからです。今は論文の執筆にいそしみ、無事書き終えたいと思っています。
 広島へ来てからは外国人と日本人、両方の友達ができ、勉強以外にもいつも色々な活動に参加しています。日本の文化が私の文化と違うことは重々承知ですが、私が経験したカルチャーショックについて少し述べますと、例えば、日本人の持つパーティーの観念は私にとってはとても意外なものでした。というのも、彼らはどこかに集まり、食べて飲んで、話し、そして時間どおりに解散するからです。
 その点について特に問題はないのですが、私にとってパーティーというと飲み食いはもちろん、音楽が欠かせません。音楽を聞き、踊ることがラテンの国の人々にとってはもっとも楽しい時間であり、社交性を身につける上でとても大切なのです。特に私の国では様々な種類のダンスやリズムがあり、ダンスを知らない人などいません。それゆえに老若男女問わず全ての人々にとって踊ることはごく当たり前なのです。
 しかし、日本のパーティーがよくないというわけではありません。事実、私は日本人が時間を守るということはとても素晴らしいことだと思っています。パーティーがあっても時間どおりに始まり、時間どおりに終わるというのは私にとっては驚くべきことであり、大変素晴らしいことだと思います。
 この数カ月間はまったくパーティーがなかったのですが、最近、日本人の友達と一緒にカラオケ・ダンスパーティーを開きました。私はカラオケが大好きなのでとても楽しい一時を過ごしました。友人たちにダンスを教えましたが、しまいには私がほとんど寝ている傍らで彼らが夜通し踊るという始末でした。
 この二年間で、いろんな留学生たちと出会ってわかったことがあります。留学生の多くは一人で日本に来ており、国にいる家族や友人たちの代わりに同じ状況の留学生同士、互いに友情を深めています。ここでつくった友達は私と同じような問題や悩みを抱え、いい時も悪い時もできる限りお互いを助け合っているのです。
 留学はただの旅行とは違います。このチャンスを手に入れることができ、私たちはとても幸運だったと思います。私はこの「グローバル時代」を担って行く人間として、いままでにないほど大きな力を得たと感じています。国に帰ってからは学生としてではなく一人の専門家として、この経験を十分に活かして行きたいと思います。


広大フォーラム32期3号 目次に戻る