自著を語る

『イギリス風景式庭園の美学 ─〈開かれた庭〉のパラドックス』

著者/安西 信一
(A5判,368ページ)
7,200円(本体)
2000年/東京大学出版会

 



自然風の庭
 現代日本人は、「ガーデニング」と称して、イギリス流の庭づくりを模倣することに汲々としている。しかし、イギリスが他に抜きん出た庭園大国になったのは、比較的最近のことにすぎない。それはイギリスが、十八世紀に、風景式庭園という独自の様式を発明したことに 遡 る。風景式庭園とは、従来の壁に閉ざされた幾何学的・人工的庭園とは決定的に異なる、自然風の〈開かれた庭〉である。わかりやすくいえば、グリーンとバンカーのない巨大なゴルフ場のようなものを想像すればよい(実際、ゴルフ場に転用された風景式庭園も見られる)。  

美学と政治
 この風景式庭園はどのように誕生、発展、変質したのか。それを背景の美学思想から解明したのが本書である。セールスポイントをあげれば、一次資料を精読したこと、そして庭園美学の展開を、ピューリタン革命に始まるイギリス近代市民社会の政治史と関係づけたことだろうか。さらに(大方の読者は気づいてくれないと思うが)現代とも通ずる様々な視点を借用・導入した。デリダ的脱構築とフーコー的考古学、ポーコック的共和主義、ハーバーマス=アレント的公共性、千年王国論、ランドスケープ・アーキテクチャー、ランドアートなど。良くいえば学際的だが、専門外のことに足を突っ込み、薄氷を踏む思いもする。

大英図書館での想い出
 もともと博士論文だったものを大幅に書きかえた。論文提出後、イギリスに渡り、大量の新資料に接したからである。当時まだ大英博物館の中にあった移転前の大英図書館。マルクスが『資本論』を書いた例の図書館だが、そこに毎日、開館から閉館まで籠もり、食事さえ忘れ古文献を読み漁った日々が懐かしい。個人的には色々と辛い時期でもあったが、生涯忘れえない至福の一時となった。むろん本書で用いることができたのは、そのごく一部にすぎない。それでも読者が、あの時の私の喜びを少しでも分かち合ってくれるならば、望外の幸せである。


プロフィール        
(あんざい・しんいち)
☆一九九一年東京大学大学院博士課程修了
☆同年より広島大学総合科学部勤務
☆博士(文学)・美学芸術学専攻





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