留学生の眼(80)




アルゼンチンから来た僕のこの目で見た日本

文・ 村上 アンヘル(Murakami Angel)
  歯学部第二保存科
  (アルゼンチン共和国出身)


 僕の名前は村上アンヘル、二十七才で、ラ・プラタ国立大学歯学部を昨年卒業して、広島大学歯学部第二保存科に今年四月に来た日系二世の広島県費留学生です。
 日本に来て初めて「こりゃ変わっているな」と思ったことは、エレベータを乗り降りする人が「失礼します」とか「すみません」と言うことです。僕の国では乗ってくる人がbuen dia(よい一日)と言います。電話でもそうですが、なぜか話が終わる時分になったら「失礼します」と言います。僕だったらHasta la proxima(またね)que te valla bien(お元気で!)とかmuchas gracias,adios (どうもありがとう、さようなら)と言います。
 日本人は言葉数が少なく、僕の国では反対に言葉数が多い方ですから、何かが足りない気がします。日本人は普段心に隠し持っている気持ちをあまり外に出しませんので、たまに心のゆとりができて、飲みに行って酔ったりしたときには、今までたまっていた、笑いたい気持ち、泣きたい気持ち、怒りたい気持ちが火山が爆発するようにあふれ出てくるのではないかと感じました。
 日本人はどう見てもすごく忙しそうです。僕の周囲の人は朝早くから、翌朝方まで働き続けます。日本人は日本人のために色々便利で良い物を考えたり、作ったりしますが、大変忙しく毎日を生きているため、せっかく考え出した便利な物を利用したり、楽しんだりしていない感じがします。アルゼンチンのテレビ番組とは違い、日本のテレビでは毎朝画面に入り込んで食べたいと思う料理番組がどのチャンネルにでもありますが、周りを見渡しますとコンビニエンスストアのお弁当のような簡単な食事で済ませています。恐らく日本人は忙しいので、あのような料理を作って味わっている時間が無いからでしょう。
 日本人は、例えば、職場でも道で偶然会っても、年上の人や上司が目下の人に話をするときは必ずその関係で下の人が頭を下げるような感じがします。その点、アルゼンチンでは年上の人でも上司でも初めて会う人ではない限りは対等な立場で話します。
 日本では大学に入ることは大変難しいけれども、一度入学すると順調に卒業できると聞きました。僕の国では中学を卒業したら、大学へ入ることはそう難しいことでありませんが、入学してからが大変で、たとえ五年のコースであっても七年、八年は頑張らなければなりません。
 日本の学生は、皆一緒に三月に卒業しますが、アルゼンチンではいつとは言えませんが、最後まで残った科目試験に受かったときに卒業できます。僕の国では一つの科目が四つの分野に区切られていて、それぞれに対して年に四回試験があり、もし一つでも受からなかったら次の分野へ行けませんし、また、四つとも受かっても学期末にある総合試験に合格しないとその科目の単位が取れません。
 日本の学生は一日のうち学校の中での生活がほとんどですが、僕の国では大学の授業が一日三時間だけでしたので、毎日その授業がある時間だけ大学に行きました。後の時間は自由に勉強をします。この教育システムでは、僕は毎日の授業に加えて八時間は勉強しなかったらついていけないところでした。また、試験の日が迫ってきたら明け方の三時四時まで頑張っていました。
 これも不思議だなと思ったことは、日本では国旗や国歌に反対している人がいることです。アルゼンチンでは問題になったことはなく、国民の休日には旗を必ず立てます。そしてどんな簡単な儀式でも国の事だったら国旗も立てますし国歌も歌います。私の国では国旗と国歌は切り離せないものです。蛇足ですが、アルゼンチンの国歌は世界で三番目にきれいと言われています。
 最後に、今、若者が引き起こしている事件のことです。これは若い人から大人まで日本全体の問題の結果がこういう形になっているのだと思います。話を聞いていたら子供が何か悪い事をしたように思いますが、僕から見えるものは、今の大人の教え方が良くないということです。どうしてかと言いますと、日本人は仕事に夢中で、家族を三番目に置いていることで、二番目はその仕事の人たちの付き合いだからと思います。
 考えていたら切りが無いほど僕の国と違うことがあります。どっちもそれぞれの考え方でこれが一番良いと思った方法で行っているのだと思います。でもちょっとしたところでこんなに大きな違いがあり理解し難いけれど、僕もなんとなく電話を切る前に「失礼します」と言うようになりました。
(原文・日本語)

アルゼンチンの海岸にて
 


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