再生の仕組みを解き明かして再生治療に役立たせる 

― 広島県組織再生プロジェクトの紹介 ―
文・吉 里 勝 利(Yoshizato, Katsutoshi)
大学院理学研究科動物科学講座教授
広島県組織再生プロジェクト研究統括

 
 二十世紀の生命科学研究はゲノム解析に代表されるように、生命の分子的基盤の解明により、組織や臓器の発生や再生現象の仕組みの解明が大きく進歩しました。また、胚性幹細胞(ES細胞)を含め、体を作っている各組織の幹細胞の発見とその培養方法の確立は専門家のみならず、一般社会の人からも関心をもたれています。それは、これらの技術が、人体組織が本来持っている再生能力を利用した二十一世紀の新しい医療(再生医療)を可能にするのではないかとの期待があるからです。この再生医療の発展につながる再生現象に関する基礎研究と応用研究を行っている研究プロジェクト「広島県組織再生プロジェクト」について紹介します。


一 広島県組織再生プロジェクトとは

 平成九年度に始まった広島県組織再生プロジェクト(再生能を有する人工組織の開発、事業総括:藤井明、研究統括:里勝利)は、科学技術庁の特殊法人・科学技術振興事業団の五年間の地域結集型共同研究事業です。地域結集型共同研究事業とは、科学技術振興事業団と連携をとりながら、地域の主体的取り組みに基づいて、地域の科学技術ビジョンを踏まえた研究分野において、産官学の結集により実施する共同研究事業であり、新技術・新産業の創生を目指したものです。平成九年度から現在まで、十七都道府県の研究プロジェクトがスタートしています。


二 場所および人員構成

 現在、研究員十七名、医師七名、技術員一名、研究助手十三名の人々が研究を進めています。研究室は、広島大学の東広島キャンパスから車で五分のサイエンスパーク内の広島県産業科学技術研究所を拠点としています。

広島中央サイエンスパーク内にある広島県産業科学技術研究所(東広島市)

プロジェクト構成員(筆者前列中央)



三 どんな研究をやっているか

 組織再生現象の仕組みの解明を中心課題として研究を展開しています。研究対象には肝臓と皮膚を取り上げています。高い増殖能力を持っている肝細胞の分離、同定、及び培養技術の開発を目指しています。また、皮膚の研究では、毛包再生能をもつ人工皮膚の開発を行っています。また、細胞の培養や高度な機能をもつ再構築体の作製に必要なヒトコラーゲンをカイコに作らせる研究も展開しています。さらに、再生に係わる生物情報をタンパク質(プロテオーム解析)と遺伝子(トランスジェニックカエルによる遺伝子機能アッセイ)の両面から解析しています。これらの研究は、肝臓再生、毛包再生、トランスジェニック人工皮膚、組み換えヒトコラーゲン作成、生物情報解析の五つのグループによって実施されています。さらに、平成十二年四月から再生医療研究室が新設されました。

(一)肝臓の再生に関する研究
 肝臓は再生能力の非常に高い臓器ですが、現在までのところ、肝臓の幹細胞についての定説はありません。私たちはラットの肝臓から幹細胞と思われる、増殖能力の高い小型の肝細胞をセルソーターなどを用いて分離することに成功しました。また、ヒトの肝細胞の長期継代培養にも成功しています。この増殖能の高い肝細胞や培養法は、肝臓の再生の仕組みを理解することに役立つばかりでなく、肝細胞移植による肝不全治療や遺伝子治療などの再生医療や、体外型人工肝臓の作製などに利用できるものと考えています。

(二)毛包再生に関する研究
 毛乳頭(パピラ)は表皮細胞を毛包に分化させる能力をもった組織です。既に、私たちは毛包を形成させる能力を維持したままラットのパピラ細胞を長期間培養することに成功しています。この方法をヒトに応用し、毛包を作らせる能力を維持したヒトパピラ細胞の大量培養に世界で初めて成功しました。ヒトパピラ細胞を増殖させ、これを利用して毛包を再生させるための研究を行っています。

(三)トランスジェニック人工皮膚の開発
 繊維芽細胞にプロインシュリン遺伝子を導入し、これをコラーゲンゲル中で培養して真皮組織をシャーレの中に構築します。この組織体の上に表皮細胞を培養することによって、インシュリンを分泌する皮膚を作成しました。この皮膚は新しいタイプの糖尿病治療法に役立つものと期待しています。

(四)組み換えヒトコラーゲンの作成
 組織再生にはコラーゲンが必須です。現在、ヒト組換えコラーゲンを蚕に作らせるための基礎研究を行っています。トランスポゾンとヒトコラーゲン遺伝子をカイコに導入し、フィブロイン-ヒトコラーゲン融合タンパク質として繭の形で吐き出させることが目標です。現在、カイコの一部の細胞にコラーゲン遺伝子が組み込まれたキメラ個体を得ることに成功しています。

(五)生物情報解析プロジェクト
 正常の肝臓に存在する星細胞と再生刺激環境にある肝臓に存在する活性化星細胞が発現しているタンパク質を網羅的に調べるために、プロテオーム解析を行っています。同じ手法を使って、パピラ細胞のプロテオーム解析も実施しています。その結果、活性化星細胞とパピラ細胞の各々に数多くの特異的なタンパク質を見いだしました。
 カエルを用いた遺伝子機能アッセイに関する研究を行っています。これを利用して、甲状腺ホルモン受容体(TRβ)遺伝子のプロモータアッセイを行い、期待通りの発現を確認することができています。この実績をふまえ、新たな未知遺伝子の機能解析に着手しています。この技術を応用して、飼育水中に含まれる微量の亜鉛イオンに反応して蛍光を発するオタマジャクシの作出に成功しました。この技術は環境ホルモンを含む環境汚染物質全般のモニタリングにも利用できるものと考えています。

(六)再生医療研究室
 この研究室は、広島大学医学部から派遣された医師らにより構成されています。上述した基礎研究の成果を利用して、肝細胞や皮膚細胞をヒトへ移植して、再生医療に繋げることが可能かを研究しています。

マウスの体の中で増殖するラットの小型肝細胞
 私たちが開発した方法で,ネズミ(ラット)から増殖能の高い小型の肝細胞(SH-R3)と低い大型の肝細胞(SH-R2)を分離した。それらの同数個をマウス(ハツカネズミ)の肝臓に移植して3週間後に肝臓の状態を調べた。
 黒い粒状の細胞が移植されて増殖したラットの肝細胞で,それを取り巻いている細胞はマウスの肝細胞である。SH-R3の方がSH-R2より速く増殖していることが判る。



四 これからめざすもの

 この研究プロジェクトの大きな特徴は、日常的に、基礎の研究者と臨床の医師とが密接に関わって議論しながら研究を進めて行くことができる体制にあることです。この特徴を活かし、再生現象の仕組みの解明のみならず、再生医療の実現に一歩でも近づけたいと、それぞれの研究者は日々研究に勤しんでいます。研究プロジェクトも残すところ後二年となりましたが、五年間の成果を広島の地に根付かせて、広島を再生研究のメッカにしたいと思っています。


 プロフィール

☆一九四三年四月三日生まれ
☆一九六六年東京大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了 理学博士、一九七二年フロリダ州立大学化学教室博士研究員、一九七五年北里大学医学部講師・助教授、一九八七年東京都立大学理学部助教授、一九九○年広島大学理学部教授、一九九二年新技術事業団吉里再生機構プロジェクト総括責任者(兼任)、一九九七年広島大学理学部附属両生類研究施設長(兼任)、一九九七年広島県組織再生プロジェクト研究統括(兼任)、二○○○年広島大学大学院理学研究科教授(組織変更)
☆専門:発生生物学




 
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