文学部主催・広島大学国際交流委員会共催の、モーリス・グルドー=モンターニュ駐日フランス大使特別講演会〈21世紀の広大生へのメッセージ〉が、一月十一日文学部で開催された。原田学長をはじめ学生、教職員のほか一般市民の来聴もあり、二〇〇人収容の大講義室に入りきれず、別室のモニターテレビで視聴した人も含め約二七〇名が熱心に聞き入った。 EUが単にドルや円に対抗するために考えられたようなものではなく、何百年にわたってくり返されてきたヨーロッパ諸国間の戦争の愚を二度とくり返さない、という強い決意から発想されたものであるというくだりは、「平和を希求する精神」を五大理念の筆頭に掲げる広島大学に学ぶ者にとって、感銘深いものであった。 | |
【講演要旨】 一 現代世界の分析 (1)グローバル化 地球上の二地点間を人や物が移動するのに要する時間も、情報の伝わる時間も短縮され、空間的にも時間的にも縮小されました。また経済をはじめその他の仕組みも相互に入り組み、その結果、地球上のどの地点での出来事も、すべての国にとって無関係ではありません。 (2)情報化 資本主義もその質が変わってきています。家内企業的な資本主義から、国営化などによる国家主義的資本主義の時代を経て、現在では株主主体の資本主義と言えるでしょう。アメリカでは二所帯に一所帯が株主と言われています。フランスや日本ではまだそこまでいっていません。 資本主義の変質は、従来の資本、労働力に加え、情報という第三の要素が加わったことにもよります。情報と情報処理が経済活動のみならず、すべての分野で、ますます重要な役割を果たしてきています。 (3)不平等化 グローバル化は地域による格差の拡大、不平等の増大をもたらしつつあります。三つのタイプの国が存在します。(1)ダイエットに大金を費やす国、(2)普通に食べている国、(3)今晩の食事に事欠く国、です。 二 EUの歴史 (1)出発点 ヨーロッパにおいては、中世以来1945年まで、戦争の連続でした。これはヨーロッパのすべての国について言えることで、例外はありません。その中でも特に、近過去100年の間にドイツとフランスは三度にわたり激しい戦いをくりかえしました。おびただしい数の戦争犠牲者の山が築かれ、戦後、家族・親戚の中に戦争犠牲者が一人もいない家庭は一家族もありませんでした。このような愚を決してくりかえしてはならない、という強い決意が、EU誕生の原点です。 具体的には、1957年にフランス、ドイツ、イタリア、ベルギー、ルクセンブルグ、オランダの六か国が署名したローマ条約から始まります。 (2)発展 その後、1972年に、イギリス、アイルランド、デンマークが加わって、欧州共同体(EC)が誕生します。さらに、1981年にギリシア、1986年にスペイン、ポルトガル、一九九五年にはスウェーデン、フィンランド、オーストリアが加わり、十五か国となりました。 最初は関税などの障壁のない自由な物流をめざした統一市場の構築から始まりましたが、次に通貨統合という新たな段階に入ります。それぞれ長い歴史のある各国固有の通貨を廃止することは容易なことではありません。しかしこれには1989年の共産主義(ベルリンの壁)の崩壊とそれに続く東西両ドイツの統一という、予期せぬ出来事が幸いしました。1992年のマーストリヒト条約で通貨統合が決定されました。通貨の統合がEUの統一を促進します。 1999年からユーロが誕生し、いよいよ来年2002年からはユーロが日常生活の中で実際に使用され始めます。 三 EUと日本の今後 EUと日本の関係は連携が強化されつつあります。1999年1月4日、ユーロ使用開始の日に、当時の小渕首相がヨーロッパを訪問されたことは、このことを象徴的に表しています。さらに、2000年1月の河野外相のフランス訪問、同月のジョスパン首相の訪日に続き、九州沖縄サミット直前の2000年5月の森首相の訪仏をとおして、日本とフランス、日本とEUの関係は新時代に入っています。 具体的には2000年1月の河野外相の訪欧時に、今後十年間に日本とEUの連携を強化することが合意され、2000年5月の森首相の訪欧時のEU=ジャパン・サミットにおいて、2001~2011年の向こう十年間のアクション・プランとして打ち出され、今年2001年5月にスウェーデンのストックホルムで開催されるEU=ジャパン・サミットで、その具体的内容が決定される予定です。 それには政治、経済、社会、文化の四つの柱があります。すなわち以下のことがらについて具体的なプロジェクトを考え、日本とEUが協力して努力していくということです。 (1)平和と民主主義の擁護。安全、人権、法秩序、世界各地の紛争解決。 (2)貧困と不平等をなくすこと。特に地域を、アフリカとアジアに集中し、分野を教育と保健衛生の面に特定し、経済的に援助していくこと。通貨の安定をはかり、投資を促進すること。 (3)環境問題、生命倫理、高齢化対策、食品の安全確保、金融犯罪の予防など。 (4)人的交流の拡大。EU域内で実施されているエラスムス計画と呼ばれる奨学制度(学生が三か月ごとに域内の大学を移動して学び、単位が認定される制度)を、日本とEUの間でも実施すること。これにより、将来日本とEUの橋渡しの仕事をする人材を養成する。このほか、日本とフランスの間ではすでに実施されているワーキングホリデー・ヴィザ(勉学と労働の両方が可能な滞在許可)をEUの他の国にも広げること。 【メッセージ】 予定時間を超過し、質問時間がわずかしかとれなかったのは残念であった。その代わり、講演会終了後、田中逸郎文学部長の求めに応じて、色紙に次のようなメッセージを託された。 「広大生諸君へ。私を歓迎し、また講演を聞いていただいたことに感謝します。地域性の超克こそ平和と繁栄の基礎です。そして、そのためのプロジェクトを考えることが何よりも重要です。」 (「講演要旨」の章分けも含め文責、原野 昇) | |
講演を聞いて 「国際化」、「グローバル化」という言葉を聞かない日はほとんどない。冷戦の終結以来、超大国のアメリカ合衆国は対抗軸を失い、「グローバル・スタンダード」とは「アメリカン・スタンダード」になりがちである。しかし真の豊かさは多様性を内包していなければならない。ヨーロッパ、アジア、アフリカなどの伝統と文化を尊重・発展させ、地域に根差しながらも新しいヴィジョンをもって地域性を超克し、平和と民主主義の擁護、貧困と不平等の克服、人口問題や環境問題など、世界共通の課題に取り組まなければ人類に未来はない。ヨーロッパはEUという統合された力で、平和と繁栄を達成するとともに、このような世界的課題に取り組もうとしている。日本にも、もちろん、その責任がある。度重なる戦争による憎しみを克服したEUは日本にとって先達であり、重要なパートナーでもある。 21世紀における課題を力強く話された大使の講演は、学生たちにも、深い感銘を与えたと思う。 (片岡 勝子) |
-講演者の横顔- | |
S.E. Maurice GOURDAULT-MONTAGNE ○1953年生まれ ○パリ政治学院卒,国立東洋言語文化学院修了 ○1978年 外務省入省 ○1995‐97年 ジュペ首相官房長 ○1997‐98年大統領府(個人代表) ○1998年‐駐日フランス大使 |