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模擬裁判で弁護人を体験して

文・写真 升岡 久美子(Masuoka,Kumiko)
法学部4年



 平成十二年十一月四日、学園祭で、約一五〇名の参加者を得て、法学部恒例の陪審模擬裁判を刑法(甲斐)ゼミが中心となって行いました。六回目の今回のテーマは、「夏祭り折鶴事件 -正当防衛か傷害罪か- 」でした。

陪審員に無罪を説く弁護人(筆者)
事件の概要
 事件は、ある町の夏祭り会場で起きました。幼児に対する強制わいせつ致死罪で懲役十年の実刑判決を受けて服役し、仮出所中の青年が、折鶴を折りながら愛娘(八歳)と談笑していた。それを見た父親が、危険を感じてその愛娘を青年から引き離そうと割って入ったところ、その青年と父親が口論となる。その最中、父親の「異常者!」という言葉に反応した青年が、父親を強く睨みつけた。それを見た父親は、青年の過去の事件を知っていただけに、恐怖を感じ、青年に体当たりをしたところ、青年はよろよろと後ろの焼きとり店の焼きとり屋台にぶつかって全治二カ月の大火傷を負った。これが事件の概要です。

公判の模様
 検察官は、父親を傷害罪で起訴しました。これに対して私が扮する弁護人は、「父親の行為は刑法第三六条第一項の正当防衛行為にあたり、無罪である」、と主張しました。正当防衛の成否をめぐり、四人の証人が出廷しました。二人が検察側証人として事件当時の父親と青年の状況を証言し、残りの二人が弁護側証人として昔の強制わいせつ致死事件後の青年の様子を証言しました。
 証人尋問は、終始検察官優勢のうちに進んでいったと思います。各々、尋問開始から終了まで陪審員の方々にその趣旨・方針を伝えました。ちょっとした間の取り方、動作で、被告人に対する陪審員の印象が大きく変わると思い、このときは特に慎重にならざるをえませんでした。
 私は弁護人でしたので、被告人の無罪を勝ち取るべく懸命の弁論を展開しましたが、陪審員の評決は十対二で「有罪」。完敗でした。薄々有罪の雰囲気を感じてはいたのですが、とても残念でした。


正当防衛の要件を満たさないとして,
有罪を陪審員に説く検察官(甚上由美子さん)
模擬裁判で学んだこと
 正直なところ、最初は自分がこんな大役をこなせるのか不安でした。しかし、今回の経験は、今後の人生のうちで一、二を争うほどの貴重な体験となると確信しています。なぜなら、私の中にあった「法を学ぶ姿勢」を変える大きな契機となったからです。
 模擬裁判には脚本(同じゼミ生の中越勝也君作の「幻実」)がありましたが、その事件の裏に潜んだ過去の出来事から生じた「生きるうえでの人間同士の葛藤」が随所に散りばめられていました。そしてそこから、私は、人間臭さを感じ取れた気がします。
 基本書や判例解説集には、事件の概要が記載され、当然のようにその事件の判決要旨も記載されています。同じような事例に遭遇したとき、まるで鋳型にでもはめるように、「この事件にはこの判決」と安易な結論を出してしまいます。しかし、「果たして本当にそれでよいのか?」と、今回の模擬裁判を通じて思うようになったのです。
 現実の社会は、今回の脚本より一層「人間模様」が渦巻いているはずです。それにもかかわらず、安易に条文を当てはめることによって導かれる結論は、真の事実から隔絶されたものになるのではないか、という危機感も感じました。そしてまた、法の適用技術を学ぶにあたり、自分自身が動き回り、実際に見聞きし、間の取り方、相手の攻撃のかわし方などを体験することこそ有用なのだと思いました。

今年もご期待ください
 最後に、脚本作成や演出のアドバイスをしていただいたり、 練習に何度も立ち会ってくださったゼミの甲斐克則先生、脚本段階から法医学的観点でのアドバイスをしてくださった医学部の小嶋亨先生、そして今回も傍聴席から的確な(厳しさの中にも温かみのある)講評をして、これからの法学徒・法曹人の在り方をご教示くださった弁護士の鶴敍先生に心から感謝申し上げます。また、当日、お忙しい中、会場まで足を運んでくださった陪審員の方々や傍聴者の方々、本当にありがとうございました。
 新入生の皆さん、学園祭のときには、法学部の模擬裁判、ぜひ見にきてくださいね。



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