Forum
文理ジョイント・プロジェクト公開講演会
比較法的観点からみたバイオテクノロジーの進歩の法的諸問題
―ドイツ胚保護法をめぐる改正論議―
演者
ドイツ連邦共和国フライブルク大学教授
マックス・プランク外国・国際刑法研究所所長
アルビン・エーザー博士
文・甲斐 克則
(Kai, katsunori)
広島大学生命倫理研究プロジェクト代表
法学部教授
講演されるアルビン・エーザー博士(中央) 講演通訳の筆者(左)と討論通訳の神谷教授(右)
|
一 はじめに
本学では、平成十二年度より、学内の研究を活性化させる支援活動の一環として、文理ジョイント・プロジェクトを開始した。総合大学である以上、その研究活動の特徴の目玉として、いわゆる文系と理系の融合的研究に新たな展望を求める姿勢は、二十一世紀を迎えた現在、一専門分野だけではとても対応できない諸問題がわれわれの眼前に立ちはだかっているだけに、その問題解決へ向けて、実に有意義なことと思われる。私ども十二名(法学、哲学、倫理学、心理学、法医学、健康科学、医療情報学、精神医学、保健学、発生生物学、水産増殖学、家畜育種学がそれぞれ専門の面々)は、幸運にもその財政援助を受け、第一期目の文理ジョイント・プロジェクトとして、「生命倫理の総合的研究―二十一世紀の新たな生命倫理を求めて―」というプロジェクト(生命倫理研究プロジェクト)を立ち上げた。これまで、定例研究会を二度実施しているが(一回目は難波紘二教授「生命倫理の基本問題を考える」、二回目は吉里勝利教授「再生医療について」)、ここに紹介するのは、第三回目として開催した特別公開セミナー(広島大学法学会と共催)の概略である。
二 講演の概略
特別公開セミナーの演者は、ドイツ連邦共和国フライブルク大学教授マックス・プランク外国・国際刑法研究所所長のアルビン・エーザー(Albin Eser)博士であり、演題は、「比較法的観点からみたバイオテクノロジーの進歩の法的諸問題―ドイツ胚保護法をめぐる改正論議―」であった。エーザー博士は、比較刑法のみならず、医事法ないし生命倫理の世界的権威の一人であり、一九八五年三月以来二度目の来学である。今回は、早稲田大学より名誉博士号を授与されるために来日されたが、筆者と十五年以上の親交があることから、ぜひ広島大学で講演したいとの強い希望と本プロジェクトの企画が合致したことで、講演が実現した。当日は、学内および近隣の大学(遠くは九州大学)の研究者、学内の大学院生および学部生、約五十名程が参加し、最先端の内容に議論も盛り上がった。
ドイツでは、イギリスに次いで一九九一年より生殖医療の行き過ぎを規制する「胚保護法」が施行されているが、これは世界的にも最も厳しい法的規制である。施行から十年経った現在、人工授精、体外受精をはじめとして、卵細胞提供、代理母、胚研究、着床前診断、クローン技術等、生命の発生の周辺で、世界的に次々と新たな技術が開発されていることに直面して、改正論議が起きつつあるという。エーザー博士は、これらの問題について比較法的手法を用いて実に正確かつ手際よく整理され、問題点を明確にしつつ、今後の展望まで述べられた。その幅広い教養と卓越したバランス感覚で、法で規制すべき部分、倫理に委ねる部分、そして許容される部分について、中庸的立場から丹念に根拠を示しつつ話される内容は、高度でありながら分かりやすいものであった【なお、別表1参照】。討論会では、九州大学助手の伊佐=松尾智子氏(法哲学)やわが広島大学の片岡勝子教授(医学部)から鋭い質問が出されたりしたが、懇切丁寧に回答していただいた。
三 おわりに
日本でも、「ヒト・クローン技術等規制法」ができたし(甲斐・現代刑事法三巻四号参照)、生殖医療についても法的規制の動きがあるので、この講演は、今後の日本での議論でも参考になる部分が多いであろう。本講演の全訳は、現代刑事法の近号に掲載予定なので、関心ある方はそれを一読していただきたい。なお、最後に、討論の部で見事な通訳で助けていただいた同僚でもありプロジェクトのメンバーでもある神谷遊教授に、この場をお借りして謝意を表したい。
|
表1:ヨーロッパにおける生殖医療の法的規制一覧
|
(卵子をもらわない)人工授精 |
体外受精と胚移植 |
卵細胞提供 |
代理母 |
体外胚の研究 |
着床前診断 (PID) |
(生殖のための) クローン |
ベルギー |
-- |
-- |
-- |
-- |
-- |
-- |
-- |
デンマーク |
R |
R |
R |
V |
R |
R |
V |
ドイツ |
(R) |
R |
V |
V |
V |
(V) |
V |
フランス |
R |
R |
R |
-- |
R |
R |
-- |
イギリス |
R |
R |
R |
R |
R |
R |
(V) |
イタリア |
-- |
-- |
-- |
-- |
-- |
-- |
-- |
オランダ |
-- |
-- |
-- |
V |
-- |
-- |
-- |
ノルウェー |
R |
R |
V |
V |
V |
R |
-- |
オーストリア |
R |
R |
V |
V |
V |
V |
(V) |
スペイン |
R |
R |
R |
V |
R |
R |
V |
スウェーデン |
R |
R |
V |
-- |
R |
-- |
-- |
スイス |
R |
R |
V |
V |
V |
V |
V |
注:V=Verbot(禁止),(V)=bedingtes bzw.zweifelhaftes Verbot (条件付き禁止)
R=Regelung vorhanden(規制あり),--=keine Regelung (規制なし)
|
広大フォーラム33期1号 目次に戻る
|