特集
新学長を囲んで
★司会:本日は、皆様ご多忙の折り、新学長との対談にお集まりいただき、誠にありがとうございます。まず初めに、五月二十一日、第十代学長に就任された牟田先生に今の印象なり、お気持ちなりをお聞きしたいと思います。 ★学長:私は二十一日に文部科学省で事務次官から辞令を受け取り、その後、各界に挨拶まわりをしてきました。二十二日の朝には就任式をやり、そこで所信を述べさせていただき、午後の臨時評議会で先端物質科学研究科長の山教授、経済学部長の前川教授のお二人に副学長をお願いすることが認められました。さしあたり、このお二人のお力添えをいただきながら走り始めようと思っているところです。学長は、大学の舵取りをし、内部を取り仕切る船長のような役目を持っていますが、あとの半分くらいは大学の外に対して大学を代表していろいろ折衝等をする接客業だということがわかりました。これがこの一週間の印象です。今日は皆さんにそれぞれの立場から、思い切ったことを言っていただき、参考にさせていただけたらと思っています。 学生による授業評価 ★司会:どんどん意見を言ってくださいとの心強いお言葉です。まず初めに永富さんよろしく。 ★永富:最近、「学生が授業を評価していこう」ということが持ち上がっていますが、それについてどうお考えですか。 ★学長:非常にいい質問だし、ありがたい質問ですね。全面的にというわけではありませんが、少なくとも取り入れるべきだと思っています。昨年十二月の初めに前学長の原田先生とアメリカの大学をまわって、管理運営の立場からいろいろ調べてきました。その中で非常に印象に残ったのはこの授業評価です。あちらは我々が考えているものよりもはるかにシビアですね。あれがいいかどうか私はちょっと迷うのですが。例えば、カリフォルニア大学バークレー校では全授業で受講学生が授業評価を行います。項目は我々がやろうとしていることと大体似ていますが、違うのは、「総合的に見て、この先生の授業は何点だと思うか」という項目があるんですね。驚いたことに、その点数が先生ごとに一覧表で張り出されます(笑)。 昔からの私の親友の先生に「あれどう?」って聞いたら、「いまいましいんだ」と(笑)。「だから、いまいましくならないようにきちんと前もって準備して、学生たちが文句の言えないような授業をやるんだ」と。そこまでやるのがいいかどうか自信はありませんが、少なくとも先生が「いまいましい思いをする」くらい励みになっていることは確かです。そういう意味でも日本的に改良した形で取り入れた方がいいと思うんですね。一部の意見としては、そういうことをやると結局学生の人気を取ろうとして授業のレベルを落としたり、点数を易しくしたりする先生が出て、本当に学生のためを思って厳しい講義をする先生の評価点が下がるのではないか、という意見もあるのですが、これはやってみないことにはわからないわけで、私はやってみるべきだと思っているんです。 新しい研究分野創設への期待 ★司会:同じく授業を受けている大学院生の立場から、西本さんはいかがですか。 ★西本:私は今、東千田キャンパスに通っています。私の専門はネゴシエイション、つまり交渉学ですね。「笑っていればなんとかなる」という日本人の変な習慣を改善するためにも、また、ハーバード大学の交渉学研究所のように、国際的に交渉能力の高い人材を育成するためにも、一つの提案として、どこかの大学でこれを先端的にやってほしい、新しい学部を作ってでもこういう研究を伸ばしてほしいということがあります。ネゴシエイションの学部をつくられる可能性をお聞きできれば。 ★学長:ネゴシエイションの研究は、人と人との交渉だけでなく、国と国との交渉など国際的な問題にも応用可能ですよね。日本人の場合、どうしても「交渉」というと「駆け引き」と思って、勝った、負けたという考え方をする。そういうやり方をするから交渉が成り立たない。日本ではディベートが成り立ちにくいのもこのへんに原因があるんですよ。そういうこともあって、交渉学のようなものを学問として認めるべきだと思うのですが、そういうものが日本の大学では欠落しているんですね。で、広島大学でどうかということですが、私はあってほしいと思うんですよ。総合科学部などでそういう新しい分野を切り開いてほしいと思っているんです。 研究成果とその評価 ★司会:総合科学部という話がちょうど出てきました。次は総合科学部の安野先生どうぞ。 ★安野:新分野開拓の努力を含め、総合科学部はずーっと「改革」をやってきたという気がします。今のままでいいとは思いませんが、「改革」が経済や短期的効率の論理の貫徹に向かうなら、大学や学問は何十年か後、どうなっていくのでしょうか。数えられる「結果」だけでなく、むしろ学問では「プロセス」の方が大切で、学問は共に夢を語ることと、昔聞いたことがあります。何か、夢を語っていただけたらと。 ★学長:私自身がなぜ大学で研究をしてきたかと問われると、学問に対する夢を抱いていたからです。夢を抱いた皆さんが大学に集まり、自分が「なぜだろう」と思うことを解き明かしていくことをしていれば、結果として社会に役に立っていくとの考えを持っています。ただ、マネジメントの立場に立つと、それだけでは済まないんです。広島大学は日本の中で現在でもトップクラスだから今後もそれを維持し、さらにより高い所を目指したいという組織体としての夢を持ってしまうんですね。皆さんの夢をより良く効率的に寄せ集めないといけない。大学の飛躍的・持続的発展を目指し、中でも持続的発展は調和ある発展であってほしいと思っています。一人ひとりの先生方の学問に対する情熱とか夢とかは最も大事にしなければと思っています。 日本の場合、改革は少子化と連動したので、特に厳しいと思うんです。一部の本当に地道なことをやっていらっしゃるような先生方には、場合によっては申し訳ない結果も起こり得るかもしれません。それで全体が生き残らないと結局、皆さんの幸福がないわけです。その辺はご理解いただきたいと思っています。「大学というところは利益と直結してすぐに役立つことばかりをやっているようでは駄目だぞ」というご意見を保坂さんがお持ちなのではないかと思うのですが。 高いレベルの「知の創造」 ★保坂:企業の立場から広島大学に期待するのは「知の創造」です。ロングスパンでもいいから本当の意味の「知の創造」をやってほしい、それが独法化でどう影響を受けるかもお聞かせ願えれば。 ★学長:企業の方からそういう力強いお言葉をいただくと、我々は自信を持って進むことができ、大変ありがたいと思います。大学での高いレベルの知の創造はまさに私の考えと同じです。一方、生き残り策というものも考えなければいけない。これからたぶん来るであろう独法化と、高い知的文化の創造という理念をどうコンプロマイズさせていくか、これは非常に難しい問題で、先ほどの安野先生のご指摘とも関係しています。独法化しても、当初はほとんどが大学全体の予算の八割程度を運営費交付金としていただかないと出発できないと思っています。独法化しても当初は今まで通りの体制でやっていきます。問題は五年後です。中期計画に従って大学を運営しなければならない。そこで今の問題が起こってくるわけで、「高い知的文化を創造して・・・」と言いながらも、一方では、この五年間の具体的な実績を問われる訳です。そうすると安野先生が心配しておられる短期的な成果だけで評価するということが実際に起こるんですね。それが次の五年間のお金に結びついてしまう。この仕組みに対して危機感を持っている学長さんもたくさんおられます。国立大学の法人化が今の独立行政法人の通則法通りだと非常にまずいことになるだろうと思います。 ★安野:研究といえば、最低十年以上かかるものがいくらでもございますよね。 ★学長:そうです。当初は皆が相手にしていなかったようなものが二十年後になって、「あ、役に立つんだ」と気がつくこともあるわけです。研究の業績等は「論文数だ、引用度数だ」というような単純な指標で、ある程度統計データに数値化しやすいんですが、教育の実績というのは、どのくらい数値化できるのか、学生による授業評価ぐらいしか思いつかないんですよね。場合によっては先生方が相互に授業参観をし合って評価し合うようなことになるかもしれませんね。 教員、事務職員一体で大学運営 ★司会:独法化という非常にシビアな問題が出てきましたが、事務職員の立場から波田さんいかがですか。 ★波田:行革による定員削減、独法化に向けて事務機構等でも改革がなされていますが、「これからの広島大学」が必要とする事務職員像をご注文も含めてお聞かせいただければと思います。 ★学長:これも非常に大事な部分です。大学経営には大学の構成員全てが関心を持つべきだと思うんです。事務職員は「自分の守備範囲の仕事を確実にやっていればいい」という従来の考え方から、自分も大学を動かしている一人だという意識に変革し、大学の運営に参画して欲しいと思います。一方、教員も事務職員と協力して大学運営にも関わるという意識を持つ必要があると思うんですね。それで組織も、事務局と教員組織というように分けるのではなく、特にトップあたりでは事務職員なのか教員なのか境目がわからないという状態の方がいいと思うのです。だから、副学長が事務職員から、また、事務局長も教員からなられてもいいと思うんですね。上の方こそ教員と事務職員が一体となって「大学を経営していく上でどうしたらいいか」を真剣に考える。その他の方々も「大学を発展させるためには、こうしたらいいんじゃないですか」と提言していただく。そういうことがすごく円滑に行われる組織になっていくために事務職員も教員も「自らが大学の経営に参画している」という意識を持つ必要があると思います。 東広島市との連携・協力 ★司会:東広島市との今後の関係等について東広島市総務部長の蔵田さん、お願いいたします。 ★蔵田:広島大学が地域の生活の中でのシンクタンクをやるという面で力を入れていただければと思っています。もう一つは、今、東広島市の人口十二万人のうち学生が一割以上です。その若い力はものすごい魅力です。災害ボランティアのような形でうまく活動してもらい、かわりに、市は学生生活でいろんなサポートができればと考えていますので、お考えを聞かせていただければと思います。 ★学長:まず地域との文化的なかかわりなんですが、これまで「広大は全国ブランドだ。世界に目を向けて発展するのだ」と言い続けてきていますが、その実現のためには、地域との連携がしっかりなされて足場を固める必要があると思います。サタケさんもこの地域から世界的企業になられたわけです。高い文化的レベルでの地域との連携をということでは、この度、大学情報サービス室を設け、どんな問い合わせでもきちっと対応できるようにしていますので、どんどん利用していただけたらと思います。 第二点について、広大生が東広島市の若年人口比率の高さに大いに貢献していると思うのですが、学生諸君が羽目を外して迷惑をかけていることもあります。その点での注意を徹底させて改めるとしても、無防備なため被害に遭うことも多いと聞いています。そのへんについて永富さん、ちょっとコメントしてください。 ★永富:はい。羽目を外しているというのは、いけないなと思います。治安のことは、夜中の事件のことを聞くと、怖いと思います。ボランティアのことは、例えば、先日の芸予地震のような災害の時、役立てる場などを学生に伝えてもらえば、少しは動きがあるのではないかと思いました。 ★蔵田:治安については、「繁華街ではないからここは安全だ」と思わず、気をつけるようお願いします。 知的資源の管理と運用 ★司会:地域との連携で、保坂さんから何か他にありましたら。 ★保坂:日本の国立大学は知的資源を無償的に放出してくれるので、大学外の者には非常にありがたいと昔から思っております。無償的よりも開放的の方が重要で、それを今後もぜひ維持していただきたいと思いますが。 ★学長:すごく重要なポイントと思うのですが、要するに特許を取って囲い込まず、できるだけ開放する、従来そうしてきたということですよね。問題は独法化した後ですが、我々は学内の特許を管理し、特許料を取って儲けるという経済活動もせざるを得ないと思うんです。そうなると、外部の企業の方などから見ると使いにくくなることも起こり得ますが、そうならないように注意したいと思っています。 駐車場問題は ★司会:学生さんの立場で、他に聞いてみたいことはありますか。 ★永富:学生の中で車を持つ率が高くなって、学内に駐車場が足りないという意見が多いと思います。今後どうなりますか。 ★学長:学内の駐車場が重大問題であるのはよくわかっています。キャンパス内にはもう余地がないので、キャンパス内で駐車場を増やすには、駐車ビルを建てる等が考えられます。が、その場合、利用者の負担金が現在の年間八千円では済まないと思います。もう一つは、駐車場は増やさず距離で車の使用を制限する、例えば「三km以内は不可」とか。でもこのやり方ですと将来的には五km、六kmと制限を拡げていかざるを得なくなると思われます。駐車場の確保は、今後検討すべきと思っています。 ★蔵田:駐車場は物理的に増やせないことがあるので、例えば、百円か二百円くらいで、キャンパス内も走るような巡回バスというのはどうでしょうか。どういうルートがいいか、どうすれば学生さんがバスに乗るかとかの意向を把握するようなことに協力していただければ、市でもバス会社やタクシー会社等に具体的に考えさせてもいいと思いますが。 ★学長:調査してみる価値はありますね。 川釣りはポエム 海釣りはロマン ★司会:最後に柔らかい質問をいただけるとありがたいですが。 ★波田:では、学長のご趣味は魚釣りとお聞きしていますが、どんな釣りをされるのか、また、「太公望は意外に気が短い」についてどう思われるかお聞かせ願えますか。 ★学長:私の主な趣味は三つあります。魚釣り、星の観測とスキーです。釣りは何でもやります。ただし、アユ釣りは(おとりを使って)魚をだます行為という口実でやりません。渓流釣りは大好きですし、海釣りは、瀬戸内海をはじめ、日本海は浜田あたりにも行きます。私はいつも「海釣りはロマン」、「川釣りはポエム」と言っています。川釣りには何か詩的な雰囲気が、海釣りは豪快さと夢があるんですね。 「太公望は気が短い」ですが、一般的には「気が短い人が釣りが上手」と思うんですよ。気が短い人は一か所に粘らないんですよね。私は、いい意味で粘り強い、悪い意味でしつこいというのか、釣れなくても「絶対いるはずだ」と居座ってしまうんですよ。粘った時に釣れるのは結構でかくて、それが快感でまた粘るという私は気の長い太公望です(笑)。 ★司会:本日は大変和やかにお話しいただき、誠にありがとうございました。 本対談の記録全文は、写真も含めて、広報委員会Webページにて近日中に掲載する予定です。 (URL)http://www.bur.hiroshima-u.ac.jp/~koho/new/new.htm 写真協力・荻野 昌也(理学部四年) (背景の写真は山中池のほとりに咲くアヤメ) 広大フォーラム33期1号 目次に戻る
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