中国文化賞をいただいて
広島市病院事業管理者
広島大学名誉教授
原田 康夫
この度、中国文化賞をいただきました。賞をいただくのは、いくつになっても嬉しいもので、多くの人から電報やお手紙、直接お祝いのことばを頂きました。
私の内耳平衡科学研究が本賞の対象となったのです。昭和三十三年、私は広大医学部耳鼻咽喉科学教室に入局し、大学院で恩師塚本寛教授から「猫の運動と前庭神経節の活動電位」についてのテーマを頂きましたがうまくいかず、結局、喉頭の生理学的研究で学位をとりました。
一九六五年イタリア留学の時パビア大学生理学教室で、Casella 教授考案の吸引電極に出会ったことが再び前庭生理の研究に帰るきっかけになり、半規管の生理、特に垂直半規管と外側半規管の刺激受容の違い等の発見につながりました。更にこのメカニズムを明らかにするため半規管の形態学的研究を思いつき、透過型電子顕微鏡で半規管の感覚細胞の観察を始めました。ちょうど、一九六八年頃走査型電顕が生物資料に用いられるようになり、これに飛びつき、日本で一番早く走査型電顕を平衡器の形態観察に用いました。この電顕を用いて前庭迷路の形態をあます所なく観察し、前庭器の生理、形態、病態と題して英文著書二冊にまとめました。特に硫酸ストレプトマイシン投与動物の耳石の形成異常から、耳石代謝、耳石の生成、吸収のメカニズムを発見し、これを報告しました。このことで臨床電顕学会賞をいただきました。その後はスウェーデンのカロリンスカ研究所、ノーベル委員会からノーベル銀メダル、耳鼻科アジア・オセアニア学会の時、インド平衡めまい学会よりゴールドメダル、学長一年目一九九四年に、五年に一人しか受賞の対象とならないバラニーゴールドメダルを、スウェーデン のウプサラ大学とバラニー学会より、五十年間で十番目の受賞者として頂きました。
その後、ミニ文化勲章と云われる紫綬褒章を国からいただき、この度は中国文化賞となりました。
中国文化賞には平衡科学の研究に加えて、哺乳類にはない耳石器の壷嚢が地磁気を感ずる、ナビゲータ機能を持つことを学長最後の年に発見し、ハトの帰巣性のメカニズムを解明した事も加えていただいたのは嬉しいことです。
この十一月十九、二十日、播磨の放射光施設「スプリング8」で壷嚢耳石の一個(二十ミクロン)の中の磁性体、鉄・マンガン・亜鉛の含有量と分布を主成分のカルシウムと比較するデーターを得て帰りましたが、まだまだ研究を続けて行きたいと思っています。研究はいくつになっても好奇心をかきたててくれ、老化の予防に役立つものです。
第五十八回中国文化賞を受賞して
医学部総合薬学科
木村 榮一
この度、平成十三年度中国文化賞をいただく栄誉に恵まれました。私が日頃尊敬申し上げている前学長の原田康夫先生と並んで受賞できましたことは、誠に光栄であり、大変恐縮しております。これまで幸運にもいくつかの学会賞をいただきましたが、それらは業績さえあればどこの研究者であってもよいものでありました。一方、この中国文化賞は、私が広島大学にいることの強力な証しを社会に示してくれました。これは、私にとって今までの学会賞以上に嬉しく誇りに感じた理由です。
思えば一九七〇年四月、発足後わずか一年の医学部薬学科に助教授としてシカゴ大学から直接赴任して以来、三十年以上も広島大学に奉職したことになります。赴任当時は、研究室は仮のプレハブであり、全く何もない状況からの立ち上げでした。一九七八年四月、幸運にも教授になりましたが、再び無からのスタートでした。私は米ノースカロライナ大学で大学院時代を過ごしましたが、最も印象深く学んだことがあります。それは、一流研究者は他の研究者の実験結果を深くかつ広く勉強し、そこから普遍的原理や理論を構築し、その上で大胆な作業仮説を考え、チャレンジングな実験に取り組み、独創性を打ち出すということです。そのような過程を経て、一流研究者が得意とする、無から有を創造する研究が生まれることを知りました。(実験の途中で予想外の発見があれば、なお結構なことであり、ノーベル化学賞級の発見はしばしばそこからなされています。)このような発想法に傾倒していたので、自身の研究を始めるとき、この方法を必ず心掛けました。既成の学問体系やアイデアには全く背を向け、研究の質と独創性だけに留意しました。このような研究姿勢を貫くことは、集団行動を重んずる風潮の強い日本ではかなりきついことです。私の研究上最も強い支えとなったのは、国際学会と一流の国際的な学会誌でした。私の研究論文に対する容赦ない批判や評価は、悔しくて涙の出るようなこともありましたが、それら痛烈な批判のおかげで、鍛えられた現在の私があります。その点は大変感謝しています。私は、日頃学生の教育にもできるだけ厳しくすることが教師の務めであると実践していますが、これも厳しい研究体験から来たものです。今回の受賞は、長年に渡るこのような根本姿勢や生き方を評価していただいたのではあるまいかとひそかに感謝しております。
広島大学は、我国の研究のトップ大学目指して今大きく歩みだしています。東京や大阪から離れていることは、むしろ雑音に煩わされない利点でもあります。そこをはるか通り越して、世界に躍り出てチャレンジし続けることが、広島大学を大きく伸ばすことになると信じております。