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Overseas Area Studies for the 21st Century
二十一世紀を拓く海外地域研究
文・中山 修一
(NAKAYAMA, Shuichi)
大学院国際協力研究科教育開発講座教授



 地域研究は、国の内外を問わず対象地域の発展メカニズムを総合的に解きあかすことを目的としています。最近では、日本学術会議の中で、地域研究を独立分野として確立しようとする動きも活発です。しかし、今、激動の世界にあって、海外地域研究には、二つの課題があります。第一は、研究意義の明確化、第二は、情報化社会の進展にともなう新しい研究方法の開発です。



子供たちにはどんな夢が

インドのチライガオン村の私立小学校:
手前は屋外教室、奥は屋内教室。
いずれも黒板はない。(1991年10月)
研究意義の明確化

 海外地域研究の意義には、自国の発展のためと研究対象地域の発展を意識した場合の大きく二つがあります。その歴史を見れば、もともと自国の発展のためにあったと言えます。例えば、日露戦争後の一九〇七年に創設された南満州鉄道株式会社調査部です。それは日本の中国侵略の拠点機関の役割を担い、地球上に初出現した国家レベルの地域研究機関と言えます。続いては第一次世界大戦中の一九一六年にイギリス植民地研究を目的にロンドンに創設された東洋アフリカ研究所です。また、一九二五年にアメリカに設立された太平洋問題調査会によるアジア諸地域の地域研究は、日本など対抗勢力の戦略的な研究で成果をあげました。このような自国の発展のための海外地域研究は、今日でも先進国を中心に盛んです。
 しかし、発展途上国への政府開発援助が、先進国の責務となった二十世紀末以降、援助相手国の開発に真に役立つ海外地域研究が期待されています。また、近年の国際紛争の原因が、開発格差にあることに気づいた国際社会では、世界の貧困撲滅と平和構築に貢献できる海外地域研究が求められています。

広島大学のインド学術調査

 広島大学大学院文学研究科の地理学研究室が、日本におけるインドの農村と都市の地域研究の草分け的存在であることは、知る人ぞ知るところです。戦後、文部省が、科学研究費の中に海外学術調査の枠を初めて設けたのは一九六三年でした。その趣旨は、フィールド科学の研究者チームが、三-四か月間、発展途上国で現地調査を行うことでした。これに応えて広島大学がインド学術調査(代表・米倉二郎教授)を始めたのは一九六七年のことです。それは、地理学研究者のグループとしては、東京都立大学のアフリカ学術調査(一九六三・六五年)、東京教育大学(現筑波大学)のブラジル学術調査(一九六六年)に次いで三番目の快挙でした。現在では、毎年百五十件以上にのぼる多くのグループが海外調査に出かけていますが、当時は、年間十件前後と少なく、地理学分野では、一件しか選ばれない時代でした。
選挙区
サブ・カースト A B C
有権者数(人) 100 50 25 175
議員数(人)
政策決定 有利 やや有利 不利
有力なサブ・カースト集団が有利になる
インド農村の民主主義原理

村人はサブ・カースト別に集住。村会議員選挙は、
集住区を選挙区として人口比をもとに議員数を割り当てる。
 筆者は、このプロジェクトに一九六七-九一年の間、断続的に参加しました。当時の調査は、五-六人の日本人メンバーに同数のインドの大学院生が通訳兼助手として参加、十名を越えるメンバーが、朝から晩まで農家を一軒ごとにペアーで訪問し、時間をかけて家族や家計のさまざまな情報をもらう作業でした。こうしてはじまった広島大学のインド学術調査は、三十五年を経た今も、対象地域や方法論に工夫を加えながら、総合地誌研究資料センターが中心となり継続されています。まだ、多くの研究課題が残されていますが、方法論における課題としては、同じ農村を五-十年サイクルで調査する定点観測法を確立することがあります。また、大きな課題として、インド固有のカースト(バルナ)制社会の中での農村開発の改善策も未解明です。

海外地域研究の未来

 海外地域研究者の夢の一つは、対象地域の変容を時間軸と空間軸で解析するための集団や個人情報を、定時的に収集できるネットワーク・システムの開発です。
 今、地域情報の分析のための地理情報システム(GIS)は、まさに日進月歩で発展を遂げています。このシステムに海外地域研究者が世界の村や町で収集した情報を継続的に盛り込み分析できるようになれば、世界のどの地域で人々がどのような困難な問題に直面しているかが短期間で把握でき、適切な解決策の発見が可能になるでしょう。さらに、発達した段階になり世界中の家庭にインターネットが普及すれば、研究者は、研究課題をめぐって対象地域の住民と直接に情報や意見の交換ができるようになり、それぞれの地域課題の解決に即座に対応できるようになるかもしれません。海外地域研究者は、情報技術の進歩に合わせ、二十一世紀型の研究方法の開発に取組むことが求められているのです。




○プロフィール○
1965年 広島大学大学院文学研究科修士課程修了
1965〜67年 バナラスヒンズー大学大学院博士課程
1967〜70年 広島大学大学院文学研究科博士課程
1993年 同教育学部教授
1995年 同大学院国際協力研究科教授
専門分野:人文地理学、地理教育学
URL: http://home.hiroshima-u.ac.jp/kaorio/index.html




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