PHOTO ESSAY -65-  水中の世界




魚類の性転換
Sex change in reef fishes


図1 メスからオスへ性転換する一夫多妻の魚たち
(左からキンチャクダイ科ナメラヤッコ、
ベラ科ホンソメワケベラ、ハタ科キンギョハナダイ)
図2 オスからメスへ性転換するカクレクマノミ。
ペアの大きい方がメスとして機能することで、
繁殖成功を高めることができる。
メスが消失するとオスが性転換し、
より小さな同居個体が新たにオスとして成熟し、
新しいペアを形成する。


共同研究者とともに学会発表を行った
スイス・チューリッヒ湖畔にて2000年夏
(左から2人目が筆者)

文 写真・坂井 陽一
(SAKAI, Yoichi)
大学院生物圏科学研究科
生物資源開発学専攻助手

図3 魚の体表についた寄生虫を食べる掃除魚
としても知られるホンソメワケベラ。2個体が
ミカヅキツバメウオをクリーニングしている。
(竹内直子撮影)
図4 スキューバを使っての観察や実験が
海産魚の生態学研究では欠かせない。
図5 ホンソメワケベラの性転換個体の産卵。
オスの行動を開始した大メス(上)は
小メスの上に乗り(オスの位置)産卵上昇を行う。
まだ大メスの生殖腺は卵巣である
(両個体ともお腹が卵で膨れている)。
(桑村哲生撮影)
 性転換は温帯岩礁や熱帯サンゴ礁に生息するものを中心に約300魚種から報告されています。広島近辺の海域ではベラの仲間キュウセンやホンベラがその代表格でしょうか。ベラやキンチャクダイなどは(図1)、社会的に優位な大型オスがメスとの繁殖を独占する一夫多妻の社会をもっています。そこでは、小さく劣位なオスは優位オスと同じように振る舞っても繁殖できません。しかし、利害の対立しない性、つまりメスであれば繁殖参加が可能になります。そこで繁殖機会を最大限に活かすべく、小型個体はまずメスとして繁殖をスタートさせ、成長して優位な立場になった後にオスになるのです。逆のパターン(オスからメス)の性転換は一夫一妻のクマノミで良く知られていますが、それもやはり繁殖機会をうまく活かそうという戦略なのです(図2)。また、性転換は特定の年齢や体長に達しただけで自動的にスタートするわけではありません。個体間の優劣関係によって社会的に制御されているため、優位個体の消失をきっかけに性転換がスタートすることがほとんどです。この性転換は逆戻りできないのでしょうか。一夫多妻のホンソメワケベラを使って(図3)、この疑問に関わる性転換実験を行いました。少しご紹介しましょう。
 ホンソメワケベラの社会では、グループ内最大個体がオス、それ以外はメスです。まずオスを捕まえて除去します(図4)。残されたメスのうち最も大きな個体がすぐに性転換を始め(図5)、約2週間後に立派なオスになりました(卵の受精を確認)。ここで、より大きなオスを放流し、性転換オスを再び劣位に転じさせてみました。すると数日後、劣位オスはなんとメス役での産卵行動を始めました。もちろんお腹の中は精巣ですので卵は出ません。メスの行動が連日続いた数週間後、ついに劣位個体は本当に産卵しました。オスがメスに戻ったのです。
 「もし優位ならオスに、そうでなければメスになれ」。ホンソメワケベラの性決定のルールはこのように単純です。社会的地位に応じて性が決定される以上、地位の逆転する状況にも柔軟に対応する必要があるのでしょう。最近の研究から、同様の双方向の性転換能力をもつ魚種が少なくないことが分かってきました。性の不思議に迫ろうという研究は、生物への好奇心を大きく刺激します。様々な視点からの研究が今後一層進むことで、性転換魚類は益々興味深い存在になっていくのではないでしょうか。

研究室ホームページ:http://home.hiroshima-u.ac.jp/fshres/
 



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