留学生の眼(92)
文・金 正彬
(KIM, Jung Vin)
大学院教育学研究科
博士課程後期2年
(韓国出身)
ある日、日本国語学会が広島市内の安田女子大学で行われました。朝早く、東広島から、胸をどきどきさせながら参観しました。初体験の驚異は、二日目にありました。日本を代表する偉い先生たちが来られているということだけで、緊張は増す一方でした。そのとき、ある年配の方が静かに立ち上がりました。そして、発表者に助言をしました。姿は簡素で、顔は温和でした。声は穏健で温かみがあって、まるで農夫のような感じがしました。安堵感は、満ち潮のように私の心を浸してくれました。一体、どなたであろうか。疑問は学会が終わってからも残っていました。やっと、誰かが判った時、私の胸は、また、どきどきし始めました。それまで、私はその先生の顔を拝見したことはありません。しかし、先生の業績は、何十年の苦労を重ねてできたものであることは、素人の私にもよくわかることでした。正に、日本を代表する、日本一の築島裕先生でした。にもかかわらず、あのように謙遜していらっしゃいました。人間は、偉すぎるとあんなになるのか?先生は決して達弁ではありませんでした。しかし、「真実」は宇宙に響いていました。私の驚嘆はそこにありました。その驚嘆は、今年日本学士院賞を受賞した沼本克明師の『日本漢字音の歴史的研究』にもありました。
最近の若者には、「真実」がどう捉えられているのでしょうか。この観点で日本人と韓国人を比べてみるのも面白いと思います。私には物事をうまく説明する話術は、ありません。しかし、喜怒哀楽はあります。
地元のおじいさんとの交流があり、来たばかりの留学生に生活必需品を提供するときには、お互いに喜びました。交通事故にあった留学生の痛みを、交代で分け合うときの哀れみはみんな一緒でした。夜遅くまでみんなが話に盛り上がったときには、言葉で表現できない楽しみがありました。
自宅でのバーティ風景
私は、学生寮から日本の伝統的な家屋に引っ越しました。誰もいない奥山で、田畑が付いています。勉強に疲れたら畑に出て、野菜の世話をします。花畑も造りました。季節が巡って花が咲き、じゃがいも、さつまいも、白菜、大根、とうがらし、たまねぎ、にんにく、トマト、スイカ、なすび、とうもろこしなどが食べ切れないほど、手に入ります。新しい友達が増えました。子どもからお年寄りに至るまで様々な肌の色の人たちが集まって、バスケに行ったり、パーティを開いたりしました。パーティの香りは、花畑に巡ってくる満開の春風に乗って、秋のコスモスにまで伝わりました。日本田園での秋風は、今年でもう、三回目です。この幸せは来年の春、また、満開になるでしょう。
宮沢賢治の死後、日記帳で発見された「雨にも負けず、風にも負けず」と言う詩を思い出します。大好きです。なぜかと言うと人間本来の真実が強く、また、謙虚に表現されているからです。だから、彼の詩は、未だ、人に愛唱されているのでしょう。質素だった築島裕先生、沼本克明師、地元のおじいさんの「真実」に、未熟な私も入れてもらいたいです。
(原文・日本語)
広大フォーラム34期4号
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