特集

  UI(ユニバシティー・アイデンティティ)とは何か


文・有本 章

(ARIMOTO, Akira)
高等教育研究開発センター教授

 UIは大学のアイデンティティを意味し、自己同一性、個性、大学像、ミッション(使命)、建学の精神などと訳される概念です。もともとはCI(Corporate Identity)から転用されて使われ始めたもので、大学の図案という意味で用いられることもありますが、今日では大学の誕生から死までのライフサイクルを持つ生き物としての大学の生命体をトータルに具現していると解されます。どのようなUIを描くかは、個人のアイデンティティの問題がどのような自己同一性を描くかとよく似ていて、組織体としての大学の活力そのものを具現すると言っても過言ではありません。
 日本の大学も最近は生き残り戦略の一環として、UIの問題を真剣に考え始めているのは、それによって組織体の団結や凝集力を高め、内外に理念や精神の正当性の説得を試み始めた証拠でありましょう。財政事情がきびしくなる中で、大学の生き残りをかけた戦略が不可欠になってきていることも、そのような動きに拍車をかけているはずです。市場原理がいち早く導入されている外国の場合、とりわけ米国の場合は大学像を明確にする試みが先行していますから、そこに具現している動きを観察することは参考になるのではないでしょうか。
 メリーランド大学システム(USM: University System of Maryland)は11のカレッジおよび大学を擁します。その一つにカレッジ・パーク校という、モリル法(1862年)によって国有地無償交付大学として設置されて発展したニュージャージー州の「旗艦大学」=拠点大学があります。いわゆる研究大学に位置している州立大学です。州立大学と言っても州の財政事情がきびしく、財政補助が希薄になった最近では、私立大学に近い経営を強いられていますから、国立大学法人を目前に控えた日本の国立大学の今後の行方を考える場合には、その動静は注目すべき一つの先行モデルになるとも言えるでしょう。
そのUIを見ますと、広く研究・教育・アウトリーチ(サービス)によって州の発展に貢献することを大学像に掲げております。これだけでは何の変哲もありませんが、2000年7月に出された「USM2010年―挑戦への対応」(The USM in 2010: Responding to the Challenges that Lie Ahead)と題する今後十年間をシュミレーションした報告書を読みますと、きわめて具体性をもったUI戦略が展開されていることに驚かされます。数字で理念・目的・目標が克明に説明されているからです。たとえば、それは2004年までに全国の州立研究大学の上位十五位内にランクされるようになること、全学生の六年以内卒業率を七十%に高め、さらにフルタイム学生の五年以内卒業率を85%へ高めること、優秀な教員を任用し給料をカーネギー分類 I 大学(研究大学)の85パーセント相当に高めること、といった具合にベンチマークによって示されています。
メリーランド大学の絵葉書
 これらの数字が単なる気休めでなく、実現されない場合、アカウンタビリティが問われ、州民からそっぽを向かれ、財政援助が受けられないばかりか、信用を失うのは必至です。これはまさしく、きびしい査定を伴う中長期目標計画であり、大学の存亡がかかっている自己診断であると言わざるを得ません。
 このように、大学像を内外に具体的に発信し説得する努力は、メリーランド大学に限らず米国の大学では盛んに行われています。もっとも、紹介したUIの一事例をもって四千近くもある米国の大学を代表すると考えるのは早計でしょうし、大学の個性に応じて多様なUIが模索されている点を十分注意する必要がありますが、それでも事例のような方向を示している大学も多く見られるのも否めない事実です。そこから察知できるのは、UIがCIからの転用であることを反映するかのように、大学が「知の共同体」から「知の経営体」への変貌を着実に辿りつつある事実であるように思われます。

プロフィール
1969年
1976〜78年
1984年
1988年
2000年



専門分野:
広島大学大学院教育学研究科博士課程修了
イェール大学客員研究員
大阪教育大学教授
広島大学大学教育研究センター教授
同高等教育研究開発センター教授
現在、日本高等教育学会会長、教育学博士

高等教育論、教育社会学

広大フォーラム34期4号 目次に戻る