卒業生・修了生の皆さん、広島大学での学生生活はいかがでしたか?今回は、学部、研究科ごとに半ページを用意し、それぞれにおいて若干名の方々に学生生活を振り返っていただくと共に、広島大学や後輩に向けたメッセージをお願いしました。また、在学生からの送る言葉を別に設け、さらに新しい試みとして、現在「広大フォーラム」の編集に協力いただいている学生有志の皆さんに卒業生・修了生に向けてのページを作成してもらいました。
 この度卒業・修了される皆さんが新たな場においてさらなるご発展をされますよう、心から祈念しております。


 よく知られた格言に「失敗は成功の母」というのがあります。中国でも同じ格言があって「失敗是成功之母」といいます。英語でも「Failure teaches success」という似たような格言があります。「失敗の積み重ねが成功に結びつく」という考えは、世界共通の認識なのでしょう。
 平成14(2002)年は、日本から初めて二人のノーベル賞受賞者が同時誕生して、めでたい年となりました。物理学賞が小柴昌俊さん、化学賞が田中耕一さんです。
 今回のノーベル賞受賞でとても興味あることは、ご両人の研究がともに、ある意味では失敗と関係があるということです。
 まず、小柴昌俊さんですが、小柴さんは、本来、陽子崩壊を見つける目的でカミオカンデをつくったのです。陽子崩壊とは、物理の統一理論で予言されている現象で、物質の基礎となっている陽子でも、この理論によると、わずかな確率で崩壊しているというものです。小柴さんは、このわずかな可能性を、無用の信号から一切遮断された神岡鉱山の地中深いところに設置したカミオカンデという装置で確かめようとしたのです。カミオカンデという巨大施設を建設するためには、小柴さんは大変な努力をされました。ところで、カミオカンデでは、長年の観測にも拘わらず、肝心の陽子崩壊はまだ発見されていません。もともと、統一理論そのものが正しくなかったら、いくら待っても陽子崩壊の観測には成功しないかも知れないのです。
 ところが、たまたま1987年春に、超新星爆発が起こり、その超新星から放射される素粒子の一種であるニュートリノを観測することができました。この結果、超新星爆発の機構についての理解が深まると共に、ニュートリノの性質についての理解も進みました。カミオカンデは、陽子崩壊観測のためにつくったのですが、超新星からのニュートリノ観測にもぴったりだったのです。この成果が、今回のノーベル賞受賞につながりました。
 実験や観測は、本来の目的については成功しなくても、その装置が存在し、科学者達が的確な科学的センスを持っていれば、思いがけない他の発見に導いてくれるものです。小柴さんの発見は、この好例でしょう。
 つぎに、田中耕一さんです。田中さんは、タンパク質のような高分子の質量測定装置を開発したいと考えていました。通常、分子の質量を測定するのに、物質表面にレーザー光をあてて分子を遊離させ、その質量を測るという方法が使われます。しかしタンパク質にレーザー光を直接あてると分解してしまうので、タンパク質と混ぜてレーザー光の衝撃を弱めるような物質(マトリックス)を田中さんは探索していました。ある日、マトリックスを作る過程で、コバルト粉末に誤ってグリセリンを混ぜてしまったのです。田中さんは、それを勿体ないと思い、捨てずに測定してみました。すると、思いがけないことに、それがマトリックスとして素晴らしい性能を持っていることが分かったのです。
 失敗をただ失敗として捨て去ることなく、測定を続けた科学的センスがここでも光っています。しかも、失敗とは知りつつも、測定した結果に鋭い研究者としての目を光らせた田中さんの実直さと注意深さが、ノーベル賞に導いたといえます。
 科学的研究においては、失敗は、別の側面から見れば成功であることがあります。これは、科学的研究だけのことではないかも知れません。失敗から学ぶ精神が大事です。
 卒業生・修了生の皆さんは、これから社会に出て、いろんな失敗をすることでしょう。失敗でしょげたり、失敗を早く忘れたいと思ったりする前に考えてみましょう。失敗は成功へ到る道程の一部だということを。
 皆さんの活躍を期待しています。


広大フォーラム34期5号 目次に戻る