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  カリブ諸島にみられる
  風土病の原因究明
文・太田 茂
(OHTA, Shigeru)
大学院医歯薬学総合研究科
病態探求医科学講座教授


カリブ海の島 グアデローブ島

図1 私たちが提唱しているパーキンソン病発症物質候補(テトラヒドロイソキノリン類)
テトラヒドロイソキノリン類はラット、マウス、サル、ヒトなどの脳内に存在しており、その中の幾つかの化合物はパーキンソン病になると脳内に蓄積している量が増加しています。
 カリブ海に点在する島々の中で、グアデロープという名前の島をご存知の方はいらっしゃいますか。さんご礁に囲まれ大変のどかで典型的なカリブの島です(写真参照)。実は最近この島の住民が神経難病の一つであるパーキンソン病に似た病気になっているという報告がありました。今回はその病気の原因を突き止める話です。

風土病の原因は果物の摂取
 グアデロープで発生した病気の原因について、現地で神経内科の研究者の方々が検討したところによると、熱帯地方で採れるバンレイン科の果物であるサワーソップを食べることによるものではないかという考察をしていました。私たちの研究室では従来からパーキンソン病を発症させる原因物質に関する研究をしておりましたので、この報告には大変興味を持ちました。その果物の中に私たちが提唱している原因物質(図1)が含まれているかもしれないと考え、早速その神経内科の研究者に連絡を取り、現地を訪ねました。研究者の方々の協力を得て調査した結果、患者さん達は発症した直後に果物の摂取を止めると回復する場合もあることも知ることが出来ました。これは果物が発症原因であることを強く示唆する事実であると思いました。また発症した患者さんたちは果物を食べているだけでなく、サワーソップの木の葉をお茶のように飲んだり、ラム酒に漬けて飲んだりする習慣があることも判ってきました。私は現地でこの果物と葉を採取して、成分研究を行いました。その結果、私たちが提唱している原因物質と良く似た化合物群が見いだされました(図2)。また果肉部分より葉の抽出物の方が問題の化合物が多く含まれていることも明らかにしました。次に果物や葉からの粗抽出物や私たちが単離した化合物を用いて毒性試験を行うと、神経細胞に対して毒性を持っていることも確認できました。これらの結果から、現地の患者さんたちはサワーソップを食べたことで図2に示した化合物による毒性が発現し、それによってパーキンソン病様症状が出たのではないかと考えました。

遺伝的因子も発症には重要

図2 サワーソップに含まれている化合物
図1に示した化合物と類似していることが分かっていただけると思います。
 私たちは研究を行っていながらどうしても疑問に感じる点がありました。それは同じ程度の量のサワーソップを食べていながら発症する人とそうでない人が存在しているという点です。また患者さんは特定の人種に限られていそうだということも指摘されていました。そこで私たちは、図2で示した化合物を摂取するだけで発症するわけではなく、摂取してしまった毒物を排泄するしくみが遺伝的に欠損していることが重なって初めて発症するのではないかと考えるようになってきました。現在、実験動物を用いて排泄機能を持っているたんぱく質に着目して検討を加えています。その結果、図2で示した化合物の類似物質が本当にそのたんぱく質によって排泄されていることを明らかにしました。これからは患者さんにおいて、このたんぱく質が機能不全になっているか否かについて検討を行う予定です。

果物を摂取している他地域は大丈夫か
 これまでの研究から、グアデロープにおけるパーキンソン病様症状に対する対策のきっかけは築けたのではないかと感じています。それではサワーソップを食べているほかの地域での実態はどうなのでしょうか。グアム島で同様の症状が出現していることは報告されていますし、サワーソップを食べていることも明らかです。ただし残念ながらそれらの相関までは検討されていません。また他の地域でのこのような報告は現在のところ存在しません。
 私たちは今後グアム島やそれ以外の地域でサワーソップを採集し、その成分を検討したり、症状の発現が認められているかなどについて検討していきたいと考えています。これらの検討を通じてこの症状の治療法、治療薬の開発、また熱帯地域における予防策について貢献することが、私たちの夢です。

パーキンソン病解明にむけて
 また本症状はパーキンソン病そのものとは異なるものですが、環境因子と遺伝因子の重なりによって発症するらしいことなど、かなり類似性があることも確かなようです。本症状の徹底的な検討がパーキンソン病の解明にも繋がるのであれば、パーキンソン病で苦しんでいる多くの方々のためにも貢献できると考えています。


 太田 茂
PROFILE
1981年 東京大学大学院薬学研究科修了
1983年 同薬学部助手
1993年 同医学部助教授
1996年 同薬学部助教授
1997年 広島大学医学部教授
2002年 同大学院医歯薬学総合研究科教授

専門分野: 神経化学、衛生薬学


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