企業から期待されている
広島大学像と今後の展開について

文・王 怡人( WANG, Yi-jen)

大学院社会科学研究科
マネジメント専攻助教授
 広島大学のアイデンティティとは何か。フェーズ1で行われた企業向けのアンケート調査の結果をもとに考えていきたいと思います。このアンケート調査の目的は、広島大学に対して企業が期待していることを探るものです。今回の調査では、一、六一八社の企業に質問票を配り、最終的に約三百社から回答をいただきました。その結果の一部を紹介していきましょう。

■教育への期待の高さ
 「広島大学に期待すること」という質問に対して、もっとも頻繁にあげられているのは「基礎学力を持った人材の養成」、「即戦力となる人材の養成」、「優れた技術者の養成」といった三つの項目です。
 それに対して、広島大学の卒業生に対するイメージについての質問では、回答は「まじめ」、「堅実」、「地味」、「基礎学力がある」といった四つに集中します。逆に、「個性的」、「積極性」、「行動力」、「国際性」、「モチベーション」、「リーダーシップ」、「専門教育がしっかり身についている」、「ITリテラシー」といった大半の項目に対して、企業側の回答は「どちらともいえない」という少し消極的な回答となっています。
 前半の広島大学に対する期待に限っていえば、この結果はごく当たり前の反応といえます。どこの大学にもあてはまることですが、企業が大学に期待するのは「優秀な学生の創出」ということです。
 しかし、逆に広島大学の立場からみれば、表面的な意味として、「学生の教育にもっと力を入れてほしい」というメッセージだけではなく、「広島大学の卒業生に対する企業側の持つイメージ」と併せて分析することで、初めて広島大学の創出している人材像を読みとることができるのです。広島大学の今後の戦略的展開にとって、この読みとる作業こそが大事です。
 調査結果から分かったのは次の二点です。第一は、広大卒業生に対して企業が持つイメージは、「積極性」というよりも「まじめでナイーブ」という点です。第二は、企業は広大の卒業生に対して「基礎学力がある」と思いつつも、実際に大学に対しても「基礎学力の強化」を強く求めているという点です。特に第二点について、企業側にはイメージと現実の間にかなりの落差があるようです。

■結果ではなくプロセスに着目
 結論から先に言えば、我々は、調査結果に従って単純に求められているものに対応すればよいと短絡的に考えてはいけません。調査結果は事実関係の確認にしかすぎません。我々にとって、企業が感じ取った「まじめ」、「堅実」、「地味」といったイメージを広島大学の特色として捉え、それらをいっそう強化していくのか。それとも、企業に疑問視されている気質を積極的に取り入れ、新たな広島大学のアイデンティティとして活かしていくのか、その選択に戦略的な意味を持たせる必要があります。
 そして、地味でナイーブな学生を育てるにしろ、積極的で活発な学生を育てるにしろ、関心の焦点をこれらの結果ばかりに置くのではなく、これらの結果にいたるまでのプロセスとして、大学の入口から出口まで、全体としての教育の仕組みにも焦点を当てる必要があります。なぜなら、卒業生の気質は単に大学の教育内容の見直しだけで変えられるものではないし、まして、それだけで他大学との競争優位につながるものでもないからです。この意味で、「大学のアイデンティティ」を求めるのは、単にイメージの統合だけではなく、それを通じて対外的な競争に勝ち抜くためでもあります。

■シナリオこそが資産
 大学の教育サービスをブランデーの醸造で例えれば、そのイメージがよりわかりやすいでしょう。つまり、樽(大学の施設)、酵母(教員)、ぶどう(学生)が仮に同じように揃ったとしても、それぞれのメーカー(大学)が作り出したブランデーの香りが違います。
 その違いを生み出すのは製法(教育の内容や仕組み)となります。このブランデー製法のメタファーは静態的なものを意味するのではなく、むしろ、時間の経過とともにそれぞれの構成要素の間に発生した相互作用を指すのです。
 そして、この製造の過程には、手順のさじ加減(シナリオ)があります。このさじ加減こそが製法のエッセンスです。このエッセンスは長年の経験(従来の蓄積)と構築過程(展開プロセス)によって次第に形成される知恵の結晶です。
 本題に戻っていえば、「よりすぐれた能力をもつ学生の創出」という広島大学に対する企業からの期待について、我々はどのような仕組みとシナリオで対応するのか、これこそ今後真剣に検討すべき課題となるでしょう。



広大フォーラム2003年12月号 目次に戻る