広島大学ご入学おめでとうございます。在学生、教職員一同、みなさんを心から歓迎いたします。広島大学は日本でも有数の広大なキャンパスをもつ総合大学です。提供できるサービスもきわめて多岐にわたっています。でも、それを十分に使いこなさず、あるいは使いこなせず、卒業していく人もたくさんいます。情報提供が不十分であったこともあるでしょうが、とても、もったいないことです。新入生のみなさんには、自分を磨き上げ鍛え上げていくために、ぜひともこの豊かな資源をフルに活用してもらいたいという思いから、この特集は、従来のような教職員の視点ではなく、学生、つまり大学のユーザーの視点に立って、いろいろな工夫をこらし、学生スタッフの力を借りて、広大使いこなし術のマニュアル作りをめざしました。まず、18〜19頁のキャンパスマップをはずして、広大を探検してみてください。
 新入生のみなさんが、一日も早く広大になじんでいかれることを祈っています。


 入学式の日に演壇の上から新入生に歓迎の辞を述べられる学長は、何か遠いところにいる人のように見えませんか。その学長をもっと身近に感じられるようにと、学生スタッフ三名による学長インタビューを企画し、新入生へのメッセージをいただきました。

―学長がどのようなお仕事をされているか興味があります。一日のスケジュールなどを教えていただけますか。

 毎日毎日違うので、一般的にこうですよとは言えないけれど、会議づくめの日、日帰りで東京など出張に行く日、それから今日のようにインタビューがあったり会合に参加したりいろんな人が学長の判断を仰ぎたいということで相談に来てその処理をやっていたり…という雑多なことがある日、という三つくらいが典型的ですね。
 みなさんの先生方は授業をやって研究や実験の指導とかをして、ご自分の研究もされているでしょう。だから僕なんかのやっていることとは全然世界が違う。僕も一昨年の五月に学長になるまでは理学研究科で理論物理学の教授でしたから、あの頃とは随分違うなと自分でも感じているんです。

―学長になろうと思われたのはなぜですか。

 広島大学に来てから十二〜三年ずっと研究に専念できて自分なりに十分満足したんです。そして五十歳の時に、これまで積み上げた研究を集大成して英文の本『Foundations of Quantum Chromodynamics(World Scientific Pub. Co., 1987)』を書いたんです。この本は、世界中の理論物理学の分野の若手がほとんど読んでいます。僕の生涯かけた仕事をそうやってまとめることができていい記念品ができたわけですよ。つまり、自分自身の研究に全力投球できたわけでしょう。そういうこともあって僕はもう思い残すことがなくて、今度は自由に研究をやらせてくれた大学という組織を立派にするために全力投球しようかな、と思ったんですよ。ある意味恩返しですかね。

―今の学生をどのように感じられますか。

 僕が教壇に立っていたのは二年前までなんですが、その頃の学生さんを十数年前の学生さんと比べてみると、どう言ったらいいのかな、「淡白」になったということですかね。
 どういうことかと言うと、例えば講義の後学生が質問に来るでしょう。それで黒板を使って説明して「なるほどそうか」と分かってしまったら「ありがとうございました」って帰るんですよ。ところが十数年前の人達、今は助手になっているような世代の人達は、分かったと思っても「待てよ、でもこういうこともあるでしょう」とからんでくる。それが解決して帰りかけると「いや、待てよ」というしつこさがあったんです。そういう意味で、僕は最近の学生さんは物事への執着心が弱くなったのかなという印象を受けました。

―広大生にはどんな学生になって欲しいと思われますか。

 広島大学の特色を備えていてほしいということですね。東大でも京大でもどこでもいいような大学生像ではなく広大生としての特色を出していく。それはまず、昔の高等師範学校、文理科大学、そういうところから脈々と続いている伝統とつながる広島大学独自の豊かな教育を受けているというイメージですね。
 あと、今後みなさんに身につけてほしいと思うのは、国際性です。今広大には八百人以上留学生がいるので、彼らとどんどん付き合ってほしいと思います。それから広島大学の協定校に行けば単位が互換できますから、大学にいる間に積極的に海外へ出て、いろんなものをつかんできて欲しいと思っています。
 それから最後に広島でなければならないという特色、それは「平和」だと思うんですよね。広島大学の五つの理念、これは『広大フォーラム』の目次のページにも掲げてありますが、そのトップに「平和を希求する精神」とあるでしょう。これは広大が欠かすことのできないものだと思うんです。平和活動に参加しろとかそういうことではなくて、すべての行動の基準に平和というものを置く。理念としての平和というのがしっかり頭に入っている学生が広大の卒業生だと言われるようであってほしいと思いますね。

―学生時代の失敗談は何かありますか。

 僕は失敗しない男だから。そりゃあないけど(笑)。大笑いするような失敗というのは思いつかないですね。ひょっとしたらしているのかもしれないけれど。試験勉強を明け方まで一生懸命やってちょっとウトウトっとして気がついたら試験は終わっていたとか、その程度のかわいらしい失敗は一、二度ありましたね。でも大きな失敗はあまり思い出せないからしてないんじゃないでしょうか。

―学生時代に何か継続しておやりになったことはありますか。

 講義で先生が言ったことをノートしておいても、すぐ忘れるんですよね。それで大学二年生の頃に自分で講義ノートを作成し始め、学生時代それをずっと続けました。どういうことかと言うと、授業中は先生の言うことをできるだけ理解するように集中する。ノートは本当に走り書きでメモだけとっておき、とにかく理解するほうに集中する。そうすると授業が終わった瞬間というのはまだ覚えてるじゃないですか。一日の授業が全部終わると、すぐそのノートのメモを見て先生が言ったことを思い出しながら自分で先生が持っているであろう講義ノートに相当するものを作るんです。新鮮な記憶がまだあるわけだから出来るはずですよね。それでどうしても理解できなかった部分はそこは分からなかったと書いておいて後で先生に聞く。それを毎日全ての講義でやっていたんです。これは結構大変ですよ。帰ってから数時間はかかっていました。
 こういうふうにして徹底的にあるものを自分のものに移しかえようという努力はある時期やったほうがいいんじゃないかと思うんですよ。だってそうやって学ぶことによって初めて自分の独自性が出てくるわけですからね。芽を出すためには土壌をしっかり鍛えないといけないということですね。

―新入生へのメッセージをお願いします。

 今年の新入生のみなさんには、僕のオリジナルじゃないんですが、日本で初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹先生の言葉を送りたいと思います。僕はたまたま、二十数年前に、湯川先生の近くにいる経験をさせてもらったんです。実は、ここだけの話、先生の話というのは一度聞いただけでその場ですぐにわからないことが多いんですよ。
 ある時セミナーで先生は、「未来を過去のように考えるというのは大事なことだぞ」というようなことを言われたんですよね。それはどういうことなんだろうと僕は思ったんですが、先生はその話をされて二年ぐらいで亡くなられましたのでもっと詳しく話を伺うチャンスを逃したんです。ですがその時一緒にいた同僚たちと話して私たちなりに理解したのは、次のようなことです。
 物理学者は、特に理論物理学者は次々といろんな計算をしながらこれまで分かっている土台の上に新しい理論を組み立てていくわけですよ。ところが、それを作り上げていく時に新しい理論の選択肢がいくつかあるんです。そこでこの選択肢で行こうと判断するのはある種の直感なんですよ。湯川先生が中間子論を発見されたのも、これだと思ってやった結果が正しかったということなんですね。でも、理論を選択した後、人と話してその理論は矛盾があるんじゃないかとか、ここがおかしいんじゃないかとか言われると、やっぱりだめかなと思ってぐらぐらっとすることが多いんですね。
 たぶん、湯川先生は次のようなことを僕たち若手に言っておきたかったのではないでしょうか。「自分は確信を持って理論を作り上げた。世界中誰も知らない新しい理論を作り上げた。作り上げたんだからもっと自信を持てばいいんだ。その理論はもう出来上がったものだと思いなさい。この理論が出来上がっているであろう未来を過去だと思ってしまえ。そう考えれば、その理論というのはもう認められて出来上がっているんだから、もうぐらぐらする必要はないんだよ。その理論に基づいて新しい予言を計算したほうが生産的ではないか。正しいかどうかな、とぐらぐらするのは無駄な話だ」、と。
 これは理論物理学だけではなくていろんな所に応用可能だと思うんですよ。僕はこの考え方が非常に好きなので、今年の新入生のみなさんへのメッセージとして送りたいと思います。

インタビュアー
 筒井 志歩(写真右)
 吉本麻衣子(同中央)
 上岡紗野香(同左)
 (いずれも総合科学部二年)







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