『姓の継承と絶滅の数理生態学』

帝塚山大学人文科学部非常勤講師
佐藤 葉子
大学院理学研究科助教授
瀬野 裕美 著
京都大学学術出版会/2003年/3,200円
 本書は、学際分野としての数理生態学の観点をとりいれ、確率過程の中でも最も基本的なGalton-Watson分枝過程を応用した数理モデルの解析によって、姓の存続性や多様性に関する数理的な考察を試みるための、また、試みた道筋を、できるだけ丁寧にまとめようとしたものです。数理生態学の観点については、とりわけ、家系(姓)の存続性の検討を、出生率や出生性比を重要な要素として含む数理モデルの解析結果に基づいて進めていく過程に具体的に表現されています。日本の姓の多様性や存続性、絶滅性に関する数理的な考察を本書のように行った研究は他にはなかったと思います。姓の問題は、社会的・文化的な要素を抜きに考察できないことは当然ですが、理論的な扱いとして、本書のようなアプローチも今後の研究にとって有意義な面があることを信じたいと思います。こうした理論的な研究に関心をもつ学生や研究者にとっての入門書の一つたりうれば、それ以上の喜びはありません。



『近世冷泉派歌壇の研究』

大学院文学研究科教授
久保田啓一 
翰林書房/2003年/8,800円
 先生を頂点とする集団(歌壇)を作り、指導を受けながら歌の上達を目指すというのは、昔から今に至るまで一貫した歌人のあり方でした。ある時代にどんな歌人がいて、どんな活動をしたかを究明する歌壇史研究は不可欠ですが、それだけでは和歌そのものの研究にはなりません。一方、歌人や研究者が自分の好きな歌人の作品を適宜選んで和歌表現を分析する表現論も相応の蓄積を持っていますが、その時代にどう評価されていたかを抜きにした鑑賞では客観性を保てません。私は、江戸時代の冷泉家(藤原俊成・定家に遡る歌の名家)の歴代とその門人達を対象に、歌壇史研究と表現論を融合させることを考えました。代々の宗匠が門人の詠草に添削と評価を加えた資料を収集分析し、門人達の動向をつぶさに積み上げていく中で、彼らの表現意識、歌壇内部の優勝劣敗の様、即ち人間達の織りなす文学活動の生々しい面白さに肉薄したつもりです。ご一覧下されば幸いです。



『眠りたいけど眠れない』

総合科学部教授
堀  忠雄 編著
昭和堂/2001年/1,500円
 我が国の不眠症の有病率は男性が十七%、女性は二十二%で五人に一人は睡眠障害を抱えています。睡眠の障害と悩みは成人ばかりでなく、高校生や中学生から小学生や幼児にいたるまで広がって、もはや国民病の様相を呈しています。睡眠不足のほとんどが規則正しい生活習慣で解消します。中高年ではさらに適度な運動と昼寝の効果が注目されています。「睡眠時無呼吸症候群」は急に話題になりましたが、「時差ぼけ」や「夜勤病」も居眠り事故をひきおこします。正しい知識で病気を理解し、適切な治療や生活指導を受けることが大切です。本書では夜型社会で歪んだ生活習慣の実態を年齢ごとに把握し、本来あるべき生活リズムを取り戻すための睡眠管理を提案しました。忙しくて「眠る時間もない人」と眠る時間はあるのだが「眠ろうとしても眠れない人」のどちらの悩みにも解決策を提案しようと、少し欲張った構成になっています。



『非平衡系の物理学』

大学院理学研究科教授
太田 隆夫 
裳華房/2000年/3,200円
 非平衡系の物理学的研究はレーリー・ベナール対流や化学反応などマクロなパターン形成を主な対象として進展してきました。しかし、最近ではナノテクノロジーやバイオテクノロジーでの構造制御や機能発現を非平衡系と捉える重要性が認識されつつあります。
 非平衡系とは熱平衡系に対比する概念です。多くの大学では、熱平衡しか学部の授業で扱わないのではないでしょうか。そのため、裳華房からの「学部初年級の学生を対象として執筆してください」との注文は常識はずれとも思われるものでした。しかし、前述のように、今後、非平衡系はますます重要になると考え、あえてこの困難に挑戦しました。留意したことは、記述を省略せず完全に自己完結な本にすることでした。平易に記述するためには深い理解が必要ですので、準備に多大の時間がかかりました。幸いにも、多くの友人研究者から「たいへん分かり易い本だ」とのコメントをいただき、好評のようです。



広大フォーラム2003年8月号 目次に戻る