「高師の思い出」刊行 文・岡田 孝章
(OKADA, Takaaki)
社団法人尚志会常務理事


尚志会の刊行物
 尚志会は第二次世界大戦前の広島高等師範学校、広島文理科大学の卒業生、戦後の学制改革によって生まれた広島大学の文学部、理学部、教育学部の卒業生によって組織された社団法人です。
 この尚志会は、学術の研鑽、教育に関する諸般の研究改善を目的に、諸事業を展開していますが、その中の一つに雑誌・図書の発行があります。戦前から多くの図書を刊行してきましたが、ここ数年の刊行物を挙げると次のようなものがあります。
 「二十一世紀の教育への提言」1988(日本教育界をリードしてきた人達の二十一世紀への提言)、「私の教育論No. 1」1999、「私の教育論No.2」20001(教育長、校長等の教育実践に基づいた教育論)、「新しく教職に就く人のために」2001(新たに教職に就こうとしている人達への校長や先輩教師の助言)、「二十一世紀を迎えて」2001(教育界だけでなく企業、諸機関のトップが語る二十一世紀の抱負)、「今取り組んでいること」2002(教育をはじめさまざまな分野で今懸命に取り組んでいることを紹介したもの)、「高師の思い出」2003(高師に学んだ人達の回想録)等々です。
 このうち昨年の「高師の思い出」は、広島大学の前身である広島高等師範学校が創設されて百年という年を記念して刊行されたもので、広島大学がどのような歴史を持つ学校であるかを知る極めて貴重な刊行物です。
 概略を紹介しますと、特別寄稿、記念講演・記念シンポジウム提言、卒業生の思い出から成っています。
 特別寄稿は日本視聴覚教育協会会長井内慶次郎氏(元文部省事務次官)、国際司法裁判所判事小和田恆氏(元国際連合日本政府常駐代表)のお二人が、父の思い出に重ねて父の母校である広島高等師範学校について述べたものです。
 記念講演は、比治山大学学長三好信浩氏(広大名誉教授)が「広島高師が現代に語るもの」として述べられたもので、広島高等師範学校の教育活動には今日の教育界が学ぶべき多くのものがあることを示唆したものです。比治山大学名誉教授寺田芳徳氏、神戸大学教授船寄俊雄氏、広島大学教育学研究科助教授山田浩之氏等のシンポジウム提言も広島高等師範学校がわが国教育界に及ぼしたさまざまな影響を検証し明らかにしたものです。
 そして、卒業生の思い出では、昭和十三年卒業の松本成雄氏から昭和二十七年の最後の卒業生まで三十四名の方々が、戦前、戦中、戦後の広島高等師範学校の生活を生き生きと綴られたものです。
 昭和十年代の前半までに卒業された方々の回想には、ヨーロッパ列強に比肩しうる国づくりのために、重要な役割を果たしてきた広島高等師範学校のよき古き時代が明らかにされています。日本を代表する優れた教授陣が整えられ、全国各地から優秀な生徒が集まったこと、深い専門的な知識を培っていく授業は勿論、豊かな教養を身につけていくために多様な教科科目が準備され、実験実習を重視して進められたこと、また、人間的な幅の広さを養うと同時に、先輩後輩という強固な人間関係を作っていくために全寮制であり、いずれかのクラブに所属することが義務付けられていたこと、こうした教育体制のなかで学んだ方々が、わが国の教育をリードするという自負と自信に満ちて卒業していったこと等が記されています。
 続いて昭和十年代後半卒の方々は、迫り来る戦火の中で次第に学業を奪われ、学徒動員生として工場に出かけたり、召集令状に応じて軍隊に行く様子を書かれています。
 そして昭和二十年八月六日を経験した方々は、一瞬にして失われた校舎や寮のこと、亡くなられた友人や先生のこと、その後の広島市の惨状について述べられ、不安のうちに郷里で自宅待機したことを書かれています。
 昭和二十年代に入っての卒業生の方々は、戦後の混乱と食糧難の時代に、乃美尾の海軍衛生学校跡地で、また、広島に帰って出汐町の被服廠跡で学んだこと、食べるものも着るものも無く、書物をはじめ学習用具も無かった時代であったが、燃えるような向学心だけはあったと懐かしく回想されています。
 そして昭和二十七年三月、広島高等師範学校約半世紀の歴史を閉じる卒業式後、最後の卒業生は教職員ともどもに惜別の歌「友情哀詠」を歌って別れを惜しんだとのことです。
 教育の混迷が叫ばれる今日、ここに集められた回想に見られる高等師範学校のあり様や、そこに学ぶことによって培われた志を尚くという精神性は、今後のわが国教育のあり方を考える上で参考になるのではと思います。是非ご一読をお願いしたいと思います。
 なお、その他についても多少の残部がありますので、ご希望の方にはお分けいたします。

〈連絡先〉
尚志会本部
〒730-0053
広島市中区東千田町1-1-85
TEL&FAX:(082)243-4597


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