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  インテリジェントゲル 文・迫原 修治
(SAKOHARA, Shuji)
大学院工学研究科
化学工学講座教授
文・飯澤 孝司
( IIZAWA, Takashi)
大学院工学研究科
化学工学講座助教授

 インテリジェントゲルと呼ばれる刺激応答型のハイドロゲルが、医学、薬学、農学、工学など様々な分野で新しい機能性材料として注目されています。人工筋肉、ケミカルバルブ、センサー、薬物徐放システムの開発などインテリジェントゲルを基盤とした新しい機能の創製に関する研究が活発に行われています。

インテリジェントゲルとは 
 ハイドロゲルは、三次元の高分子網目に水を取りこんだ物質形態であり、食品や我々の体などはゲルで構成されていると言っても良いでしょう。ゲルは我々にとって身近なごくありふれた物質形態ですが、これらの中には、温度、電場、光、溶液組成、などゲルを取り巻く環境(刺激)がわずかに変化するだけでその体積が大きく変化するものがあります。このようなゲルはあたかも知性があるかのように刺激を認識し応答するので刺激応答型ゲルあるいはインテリジェントゲルと呼ばれ、応答のメカニズムに関する研究、機能性材料としての応用研究が活発に行われています。中でも、比較的制御が簡単な温度に応答するゲル(感温性ゲル)に関する研究が最も進んでいます。代表的な感温性ゲルとして三十二℃に体積相転移温度を持つN―イソプロピルアクリルアミド(NIPAM)ゲルがあります。このゲルは、三十二℃以下の温度では親水性で水に膨潤し、それ以上の温度になると疎水性に転移して収縮します。この膨潤・収縮は可逆的に起こります。以下では、感温性ゲルのマクロ構造の制御あるいは他の機能との組み合わせによる新しい機能の創製と応用に関する研究の一端を紹介します。

多層構造から成る感温性ゲル
 温度に応答してゲルの長さを大きく変える、あるいは大きく変形させる方法として、バイメタルのようにゲルを湾曲させる方法が考えられます。通常、ゲルは等方的に膨潤・収縮しますので、このような変形を起こさせるために温度応答性の異なるゲルを多層に張り合わせた構造を提案しました。さらに、このような構造を具現化する方法として、アクリル酸ゲルの片側からアルキルアミンの種類を変えながらアミド化することで、結果として転移温度の異なるN―アルキルアクリルアミドゲルを張り合わせた多層構造から成るゲルを合成する方法を考案しました。図1は、一例として転移温度の異なる二層ゲルの膨潤・収縮特性を示したもので、水温によるゲルの形態の変化を示しています。これらのゲルは、温度刺激に対して大きく変形できることから、人工筋肉やセンサーとしての利用が期待されています。


A) 15℃

B) 25℃

C) 35℃
図1 二層構造を持つ感温性ゲルの膨潤挙動
(乾燥時の各層の体積はほぼ同じ、写真は全て同じ倍率)

A)水温15℃、上下両層のゲルとも膨潤した状態(この状態では層は認識できない)
B)水温25℃、上層のゲル(白濁部分)のみが収縮し、ゲル全体が大きく湾曲した状態
C)水温35℃、上下両層のゲルとも収縮した状態

相分離現象を利用したゲルの多孔質化
 感温性ゲルの温度応答性、すなわち膨潤・収縮速度を向上させる方法の一つとしてゲルの多孔質化が有効なことが知られています。多孔質構造のNIPAMゲルを得る方法として、重合時の相分離現象を利用する方法を開発しました。この方法は、NIPAMゲルを転移温度以上で合成すると、生成したNIPAMポリマーが疎水的であるためにポリマー相と水相とに分離することを利用したもので、図2に示すように一ミクロン程度のゲル微粒子と細孔からなる多孔質構造のゲルが得られます。このような高速応答型のゲルを用いた新規な脱水プロセスの開発を地域新生コンソーシアム研究開発事業として産学協同で行っています。

図2 感温性多孔質ゲルの内部構造
転移温度以上で重合したNIPAMゲルを凍結乾燥して内部構造を走査型電子顕微鏡で観察したもの。

分子認識機能をもつ感温性ゲルの合成と重金属の選択分離材への応用
 感温性ゲルに分子認識機能を持たせると、分子認識を温度によって制御することが可能になり、新しい機能が発現します。これを利用した重金属の新しい分離材の開発を行っています。例えば、重金属と錯体を形成するキレート剤を分子インプリント法という重金属の鋳型を作る方法でNIPAMゲルに共重合します。このゲルが置かれている場の温度を変化させて感温性ゲルネットワークを拡大あるいは縮小させると、この鋳型を形成あるいは破壊することができます。すなわち温度を上下することによって特定の重金属を選択的に吸・脱着できます。この新しい概念による重金属吸着材は、廃棄物の低減すなわちゼロエミッションを目指した新しい吸着材として注目されています。

 以上のように、インテリジェントゲルの一つである感温性ゲルは、マクロ構造を工夫することによって、あるいは別の機能と組み合わせることによって新しい機能を持ったゲルに進化します。アイデア次第でさらに新しい機能の創製が可能になるでしょう。夢を持ってこのような新しい機能の創製に取り組んでいるところです。

(具体的な応用例は以下のホームページをご覧下さい。)
http://www.chemeng.hiroshima-u.ac.jp/~polymer/index.html

迫原 修治 PROFILE
1976年 広島大学大学院工学研究科修了
1976年 東京工業大学大学院総合理工学研究科助手
1986年 広島大学工学部助手
1990年 同 工学部助教授
1994年 同 工学部教授
2001年 同 大学院工学研究科教授
専門分野: 化学工学
 
飯澤 孝司 PROFILE
1978年 山形大学大学院工学研究科修了
1979年 神奈川大学工学部応用化学科助手
1989年 広島大学工学部助教授
2001年 同 大学院工学研究科助教授
専門分野: 化学工学、高分子合成


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