エコ・キャンパス構想を実現しよう

─100年後の風格ある東広島キャンパスのために─

文・写真  松田 治


「ホタルとギフチョウの舞うキャンパス」を目指して

 広島大学は東広島キャンパスへの統合移転を完了し、単一キャン パスとしては日本最大級の新キャンパスづくりを実現した。しかしながら、一応移 転は完了したものの、四千台もの車があふれ、依然として工事用の大型車両の行き 交うキャンパスの本格的環境づくりはむしろこれからの課題である。
 山あり谷ありのこの広大な新キャンパスで今、壮大なエコ・キャンパスづくりの 実験が始まりつつある。メイン・テーマは「みんなで創る水と緑のエコ・キャンパ ス」。目指す目標は「ホタルとギフチョウの舞うキャンパス」である。広大の関係 者はこのエコ・キャンパスづくりにぜひとも何らかの関わりをもっていただきたい というのが本稿の趣旨である。
 筆者は生物生産学部で水圏環境学を担当しているが、広島大学の環境保全専門委 員会では環境保全部会長として、エコ・キャンパスの構想づくりに関わってきた。 ここでは、主としてこの立場から、構想の概要を紹介したい。
 この新キャンパスは二五二ヘクタールと非常に広大であり、キャンパスの中には 大きな池もあれば、渓流、森林あるいは湿地と実にいろいろな自然景観や生態系が ある。したがって、この恵まれた自然環境をどのように活かして、より良いキャン パス環境を創り出していくか、それが基本的な課題である。


キャンパスの理想像

 さてキャンパスの環境づくりの議論をはじめると、中心課題は「 この広大なキャンパスの環境をどうするか」、「大学のキャンパスとしてはどのよ うな環境が相応しいのか」ということになり、結局、「理想のキャンパスとは何か 」というところから話を始めざるをえないこととなった。ところが、これをいざ委 員会の作業として始めてみると、話は抽象論になるか、あるいは個別的な希望に拡 散しがちで、体系的な議論は非常に難しいことが明らかになった。
 そこでこの問題を少し整理してみたところ、問題の背景として、広島大学の統合 移転基本計画は二十年も前に検討されたので、現在では社会情勢や人々の考えが大 きく変わってきているということがある。統合移転基本計画の中で、「緑に囲まれ た潤いと安らぎのあるキャンパス」、あるいは「原風景を大切にしたキャンパスを 」という主張がなされているものの、環境保全の具体的な方策は明示されていなか った。
 その後、状況が大きく変化し、特に統合移転の完了にあたっては、一九九五年に 原田学長から「広島大学の理念」として新五原則が示され、公式のものとなった。 この五原則の中には、「平和を希求する精神」とともに、大学の基本的な機能であ る「新たなる知の創造」、「豊かな人間性を培う教育」、さらに「地域社会、国際 社会との共存」と「絶えざる自己変革」が明記されている。我々は、広島大学のキ ャンパスは、まず基本的に広島大学の理念を実現する場であり、そのことがキャン パスの環境づくりの根幹になければならないとないと考えた。
 一方、環境について考えてみると、一九九二年の地球サミット以来、情勢が大き くさま変わりした。国の内外を通じて環境理念が一転したといっても過言ではない 。近年、我が国においても環境基本法、環境基本計画などが制定され、この中で日 本の高度経済成長を支えてきた「大量生産」、「大量消費」、「大量廃棄」システ ムに代わる新たな概念として「共生」、「循環」、「参加」、「国際」が提唱され ている。
 このような環境理念の国の内外を通じての大きな変化と、「広島大学の理念」を ふまえて、我々は一年かかってキャンパス環境の将来像に関するさまざまな問題を 検討し、以下に概要を示す「広島大学キャンパスの理想像」を取りまとめた。


エコ・キャンパスとは

 とりまとめの細部はさておき、広島大学キャンパスの理想像は、 全体コンセプトとして「みんなでつくる水と緑のエコ・キャンパス」、シンボルの 表現として「ホタルとギフチョウの舞うキャンパス」という形にまとめられた。
 まず総論は「広島大学の理念に基づいた、アメニティが高く、愛着と誇りの持て るキャンパス」である。次に各論としては、大学のキャンパスであるから、まず「 基本的大学機能が充実したキャンパス」が第一である。次に、本稿の主題に最も関 係の深い「水と緑豊かな環境共生型キャンパス」を第二の目標にした。第三目標を 、構成員参加の原則を示す「構成員の創意で創り育はぐくむキャンパス」 とし、これに「開かれた大学を象徴するキャンパス」を第四の目標として加えた。
 これらのコンセプトは、細部を含めて一九九六年四月に大学の環境保全委員会で 正式に了承されている。すなわち、「水と緑」に代表される自然環境と生態系を重 視した物質循環型のキャンパスをエコ・キャンパスと呼ぶことにし、「水」と「緑 」それぞれのシンボル生物としては、ホタルとギフチョウを選定した訳である。


キャンパス環境管理 基本計画とゾーニング

 キャンパスの理想像は前述のように一応表現できたわけであるが 、それではそれを実現するためにはどうするかということで、専門委員会では現在 キャンパス環境管理基本計画を作成中である。まだ未完ではあるが、検討の進んで いる部分を紹介したい。
 まず、この山あり谷ありの多様性に富んだ広大なキャンパス内には、法制上のさ まざまな制約もあり、これを持続的に管理するのは実際のところ容易ではない。そ こで、キャンパスの環境管理は、その地域特性と利用目的に応じて三つの指定区分 に分ける三段階ゾーニング方式で進めることを提案し、学内的に了承されている。
 この方式では、例えば「ががら山」の保安林などは「自然区」として扱う一方、 校舎や建物の回りなどの植栽の手入れを必要とする人工植栽地は「管理区」として 扱うことになる。この三段階管理方式の特徴の一つは、これらの「自然区」と「管 理区」の間に「半自然区然区」というバッファーゾーンを設けた点である。これはもともとのこの地の代表 的自然景観であった里山林地の復活を意図するものであるが、キャンパスの外周や 水辺の緑地も補完しながら、いろいろな形で利用しようというものである。さらに 、ゾーニングの際には、緑地は孤立させないで連続させることを原則とした「緑の 回廊(コリドー)づくり」をめざしている。
 構成員の環境管理への参加方式と環境教育の方法論についても検討を進めてきた 結果、今年度から「キャンパスの自然環境と環境管理」という学部横断的な総合科 目が、正式のカリキュラムとして発足することになった。
 これは新入生を主対象にして、講義とともにフィールドワーク、現地調査、実習 等を重視してキャンパスに対する興味を喚起し、総合的理解を深めようとするもの である。筆者もその一部をすでに担当し、水系の現地踏査を行った(写真参照 )が、受講者が百人以上と多すぎるのが悩みの種であった。将来的にはこれがキ ャンパス・レンジャー養成の入門コースや、継続的なキャンパス・ウオッチングの 機能を果たせば理想的であり、ここで学んだ学生が、教職員や市民ボランティアと ともにキャンパス環境管理の重要な担い手になることを期待している。
 いずれにしろ、環境保全といってもキャンパス内の自然を構成員から隔離して保 全するのではなく、「見て、知って、触って、食べて、楽しんで…」というように 、構成員との積極的な関わりを通じて環境保全を進めようというのが、このエコ・ キャンパス構想の基本的なスタンスである。

写真1 新総合科目「キャンパスの自然環境と環境管理」実施風景(4/28)。これ がキャンパスの中かと思うような新緑の渓流沿いを新入生が行く。








写真2 新総合科目「キャンパスの自然環境と環境管理」実施風景(4/28)。「こ の水路の水草はどんな役目をしてるんのだろう?」フィールド・アシスタントの上 級生(中央)が考えるヒントを与える。







写真3 新総合科目「キャンパスの自然環境と環境管理」実施風景(4/28)。久し ぶりのオタマジャクシに歓声があがる。


















水辺環境の整備計画について

 ここまでは概ね基本的な考え方と基本計画について述べたが、次 にエコ・キャンパスづくりの実例として、キャンパス内砂防渓流の環境整備につい て紹介したい。
 キャンパスの構造をみると、大きなため池三つを連ねるキャンパス内の主たる水 系は、キャンパスの西半分にある。山中池に端を発した水の流れが「山中谷川」と いう小渓流によって「ぶどう池」につながり、さらに「角脇川」で角脇調節池に入 ったのちキャンパスの外に出る。ただし、このアカデミック・コアの中心部を縦断 している水系には、砂防指定がなされているため、広島大学のキャンパス内である にもかかわらず、管理者は広島県となっている。
 一方、この水系の現状には、エコ・キャンパスの観点からすると問題の多いこと が明らかになった。そこで、砂防指定に伴う問題も合わせて解決するために、広島 大学、広島県と東広島市が合同で渓流整備のためのワーキング会議を持ち、現状の 水系や水辺をどのような形で改善していくかという環境整備計画の検討を一年半に わたって進めてきた。
 筆者はこのワーキング会議の議長として、三つの基本的な座標軸に沿って、すな わち「自然度」、「親水性」、「安全性」の向上を目指して、検討を進めてきたが 、検討結果は「広島大学キャンパス渓流整備計画原案―角脇川に新たな里山の風景 を―」(一九九七年三月九九七年三月)として最近とりまとめられた。
 まずこの渓流整備計画の全体像を紹介すると、基本的にはエコ・キャンパス構想 に基づいて渓流、池沼、水辺の生態系を保全するための環境修復を行いながら、景 観の質や親水性を高めようというものである。実施に当たっては、水系の各ゾーン ごとの環境特性と利用目的に応じて、なるべく現状を保全するゾーンとか、劣化し ている環境を修復するゾーンとか、個々の整備目標を細かく検討した。
 渓流整備計画は水系全体を対象とする大規模なものであるが、分かりやすい例と しては、三面張りのコンクリート水路をより自然な渓流環境に修復するプランなど がある(イメージ図参照)。詳細については後述の「広大環境」を参照され たい。
 今後、この原案をさまざまな観点から検討していただくとともに、大学当局と県 側の管理者としての協議などが必要である。このような共同作業により、市民にも 評価されるような水辺環境の整備が実現するならば、これは開かれた大学としての エコ・キャンパスの趣旨にも沿うものである。

イメージ1 現況、2面張り雑割石護岸の角脇川思案橋上流部(整備原案より)













イメージ2 上の現況から里山の風景に小川を復元する整備イメージ図(整備原案より)














エコ・キャンパス構想からエコ・シテイ構想へ

 以上の他にも、広島大学ではいろいろな局面でエコ・キャンパス づくりの構想が進みつつある。先に触れたキャンパス・レンジャーや環境管理ボラ ンテイアの組織化のほか、萌芽的プランとしては「自然環境と歴史的遺産を活かし 、それ自身が教育研究に役立つキャンパス」という基本精神を活かして、キャンパ ス自体を「生きたキャンパス・ミュージアム」にしようという構想もある。
 将来展望としては、このエコ・キャンパス構想から人と情報のネットワークが広 がってエコ・シティ構想に発展し、たとえば緑のコリドーがキャンパスから遙かに連なってこの学園都市全体を巡るような、この地域の素晴らしい環境と景 観を活かしたエコ・シテイが実現することを願っている。
 昨秋、大学祭の折りには公開シンポジウム「広島大学キャンパスの環境を考える ─緑に囲まれたエコ・キャンパスを求めて─」が開催された。学内はもとより、多 くの一般市民からも貴重な意見が出た。このシンポジウムの詳細な記録や資料が、 「広大環境」の最新号(No.26、広島大学環境保全委員会一九 九七、三、一)に四十ページにわたって特集されているので、ぜひ一読を お願いしたい。筆者も話題提供したので、本稿はいわばそのダイジェスト版に当た るものである。
 最後にまとめとしては、エコ・キャンパスとしての新たな調和的景観と環境を創 り出していくために、各方面の最高の英知を集結してゆくことが広島大学にとって 今最も必要であるということになろう。風格のあるキャンパスづくりには、できれ ば数百年の計という長い視野と高い志をもって当たりたい。多角的で活発な議論を 通じて「水と緑のエコ・キャンパス」の良いモデルが実現し、その影響がさらに広 がるよう、この壮大な実験にぜひ積極的な提言とご批判をお願いしたい(この問 題に関するご意見を環境保全専門委員会 会にお寄せ下さい)。




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