フォトエッセイ(29) 
東広島キャンパスの生き物

  ドジョウ

 広島大学に着任以来、ドジョウを主たる研究材料や教材として利 用してきた。ドジョウ(写真1)は口ひげを十本持つ淡水魚で、分類学上は コイやナマズの親戚筋にあたり、近縁の仲間としてシマドジョウ(写真2) 、スジシマドジョウ、ホトケドジョウ、フクドジョウ、アユモドキ(天然記念物 )などの種がいる。
 筆者の子どもの頃(そんな古い昔ではない)の記憶では、都市近郊であっ ても、ドジョウは水田やその用水路あるいは浅い沼や池に多く見られ、きわめてあ りふれた魚の一つであったが、耕地整理や水路の改修のせいか、近年めっきり資源 が減少している。そのせいか、柳川鍋、蒲焼き、ドジョウ汁などの伝統料理の値段 は高騰し、ドジョウの重量あたりの単価はウナギや他の高級魚なみになっている。
 ドジョウの(そして、他のありふれた淡水魚の)資源減少は東広島地域で も例外ではない。西条でも土地の人に尋ねると、昔はたくさんいたという返事は返 ってくるものの、実際に姿を見ることはない。大学に最も近い位置の採集記録は志 和の二尾のみである。
 以上のような事情から、実験に必要な親魚の確保には苦労しており、県北部まで 遠征しているのが現状である。しかし、困ったことに、この地にも最近、大がかり な開発の手が入り、耕地や用水路の大規模な改修が行われ、ドジョウ資源は風前の 灯火である。したがって、東広島キャンパス内(生物生産学部水槽)で維持 ・増殖しているドジョウたちに広島生まれはわずかしかいない。現在、全国より集 めたドジョウを飼育、増殖し、研究・教育に用いるほか、附属幼稚園等に寄贈して いるが、これらの中には変わりもののドジョウも見られる。
 ひとつはアルビノ(写真3)で、黒い色素を欠き、眼も赤くなっている。 また、似たような変異にヒドジョウ(写真4)があり、こちらは、眼は黒い が、前身がオレンジ色をしている。これらは劣性遺伝をすることが判っているが、 この他に遺伝様式のよく判らない、少数の黒い斑をもつ赤いドジョウ(写真5 )がいる。おもしろいことに、これら赤いドジョウは、北海道にルーツをもつら しい。北海道の空知地方で調べると、おおよそ二百尾に一尾くらいの割合で赤いド ジョウがとれる。明治の初期、この地に政治犯を収容する監獄がおかれ、囚人の血 で赤くなったという言い伝えも残るという。以上の色彩の変異は観賞魚としての需 要も大きいらしく、東京のペットショップで法外な値札札がついていて驚いたことがある。
 この他、外見からは普通のドジョウと区別できないが、遺伝的に大きな違いをも つ学術上貴重なドジョウもいる。写真6のドジョウは形態では、普通のドジョウと 区別できないが、普通のドジョウが五十本の染色体を持つ二倍体であるのに対し、 百本の染色体をもつ四倍体である。また、染色体七十五本の三倍体も天然に少数出 現する。
 ドジョウはちっぽけな魚であるが、いろいろ変わり者がいておもしろい。これら を手掛かりに、自然のなかで起きていることをじっくりと見ていきたいと思ってい る。

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