特集 広島大学の国際交流は今…
─交流協定の活用・その現状と可能性を考える─

文・編集 橋本 学(広報委員)

   本学が最初の国際交流協定を締結して、すでにまる十八年が経過した。来年二月十九日が来れば、協定交流も実に二十年目を迎えることになる。
 今日、協定締結件数は優に五十を超え、本年度中には少なくも六十件に達すると見られる。また、こうしたなか、数年前には五十名程度であった人的交流も、今や百名前後を推移するに至っている。従って、森戸学長がかつて、「国際性のある大学」実現を基本構想の一つに掲げた(一九五一年)ことを想起すれば、量的にはこれをほぼ果たしたと見ることもできよう。
 しかし、「問題点はないか」の問いに、「ない」と必ずしも断言しえないのも、また現実である。では、その問題点とはいったい何か。それはいかなる原因によるものか。
 ここでこの命題に正面から取り組むことは困難だが、アプローチの入り口に立つことはできる。まずは協定に関わる交流の経験を振り返り、実状を把握すること、これであろう。その意味で、本特集が、協定の一層の活用=交流関係発展に向けた前向きな検討の一助となれば幸いである。



国際交流協定締結の歩み

 一九七九年二月、本学は初めての国際交流協定に調印した。チュービンゲン大学との関係樹立であり、学生交流を軸とするものであった。
 以来、本年六月一日までに締結された交流協定は、二十カ国、五十八件に及んでおり(本誌8〜9ページ「資料で見る国際交流協定」表1、表2参照。以下「資料」と略)、年平均で約三件の協定が結ばれてきたことになるが、実際には図1のように、最近十年間の飛躍的な伸びが目立っており、とくに部局間協定で顕著である。

(典拠:総務部国際交流課提供資料により作成)
ヨ図1 年度別協定締結数と累計の推移(昭和53年度〜平成9年度)
図1
 なかには、アムステルダム大学との大学間協定(六月一日現在準備中)のように、部局間協定による交流が基礎となって、他部局の参加で大学間レベルの交流にも発展することもあり、現在大連理工大学についても検討が進められている。

*部局間協定とは、基本的には単一部局(学部等)を相手とするが、独立した単科大学の場合も含まれる。また大学間協定について言えば、協定校同士の全学組織が交流対象となるが、相互が二個以上の部局をコーディネータ(協定交流の推進者)とすることが締結の最低条件とされる。なお、これら協定のほか 、準協定に相当するものに「同意書」があり、本学では原爆放射能医学研究所(「原医研」)が、一九九二年九月よりキエフ小児産婦人科学調査研究所・同内分泌代謝研究所との間で、これに基づいたチェルノブイリ事故による放射線障害についての共同研究を行っている。








国別交流実績と特色

図2
これを協定校の国別で見てみると、図2のようになる。この図は、人的交流に限って、平成元年度(一九八九)から同七年度(一九九五)までの累計で比較したものである。
 交流内容ごとに見ると、本学からの教職員派遣数が最も多いのは中華人民共和国(以下、中国と略)で八十七名だが、同受入数ではアメリカ合衆国(以下、アメリカと略)の六十六名が第一位となっており、学生交流でも派遣・受入ともにアメリカが最も多くなっている。この結果、全体の交流規模で言えば、第一位はアメリカ(二百十五名)、第二位が中国(百六十一名)、以下連合王国(六十三名)、ドイツ連邦共和国(五十七名)、インドネシア(三十一名)の順になっているが、総じて言えば、この期間の交流総数(六百九十六名。図3参照)に占める割合で見ると、米中両国のみで五四%、半数以上ということになる。
図3  その要因としては、例えば当該国の大学を対象とする協定数や締結後の交流年数の他との違い、また協定内容面での差違(教職員交流・学生交流ともに規定されているか、あるいはいずれかに限定されているなど)も考え得るが、後掲の「資料」並びに関係者の証言等による限り、必ずしもそれだけでは説明できないようである。



ヤ図3 協定に関わる人的交流の推移(平成元年度〜7年度)

(図2、3の典拠:『広島大学総覧1994』『広島大学総覧1996』、総務部国際交流課提供資料により作成)


協定内容に見る交流の特色

 ここで、過去に結んだ諸協定の内容について見ておきたい(「資料」参照)。
 まず判明することは、協定の多くが教職員交流・共同研究・学生交流の三点を柱としている点であり、実に三十九件(全体比六七%)がこれに当たる。とくに部局間協定では、三十五件中三十件である。
 一方、大学間協定にのみ認めうる特色もある。すなわち、学生交流のみを内容とする例が十件存在する点である。
 ただ逆に、研究面(教職員交流を含む)に限定した協定が、大学間・部局間を併せてわずか五件に止まっていることも事実である。
 従って、本学が関与する協定を総じて言えば、少なくも約款上は、力点の置かれ方に、研究・学生双方の差違はほとんど認められず、むしろ学生交流への若干のシフトすら感得される。
 しかしながら、今日効力をもつ協定が等しく有効に機能しているか否かは別の問題と言わざるを得ない。例えば、『広島大学における国際交流』(広島大学庶務部国際交流課、一九九五年三月)には、各交流校との実状を紹介するなかで、実績のなさを如何に取り繕うかで苦慮している例が認められる。また、図2、3や「資料」も問題点の一端を表出させており、交流実績における特定国家への偏りのほか、これまでの交流が実際には研究面にかなり偏っていたことも明らかであろう。
 そこで以下(「資料」に続き)、関係者諸氏の協力を得て、まず協定に関わる実状と課題の一端とを提示する。なお学生交流の方面では、昨年度後期より新システム「広島大学短期交換留学プログラム」が導入されており(「資料」参照)、これについても直接構築に携わった二宮教授に解説を戴いた。
 それらを踏まえた上で、最後に、今後の可能性について若干考えてみたい。

戦略はあるのか−大学間協定の課題−を読む

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