自著を語る

『ぼけの診療室』
『神経伝達異常の基礎と臨床』
『老人ボケは防げるか』
『神経伝達物質update』
『分子神経病学』

本
文・ 中村 重信 医学部内科学第三 教授



「痴呆症」についての五冊

 自著を語るなどということは面はゆいことで、このような立派な冊子の紙面を汚すのが憚かられる。けれども、日本の将来を考える上で老年者の神経疾患、なかでも「痴呆症」は最重要課題と考えられるので、これらの拙著を紹介することによって、少しでも諸賢の学業・研究の糧になればと期待する。
 『ぼけの診療室』は一般の読者を対象とした本で、「ぼけ」といわれる病気をできるだけ正しく理解していただくために日常の診察を通して紹介した。ただ、痴呆症の研究は最近急速に進歩し、とくにアルツハイマー病がどのようにして起こるかについてはかなりの点が明らかにされた。そのため、本書でも「ぼけもだいぶわかってきた」として巻末に横書きで最新の知見を記載した。三刷を発行し、売れ行きはまずまずである。
 『神経伝達異常の基礎と臨床』は神経学や薬理学に携さわる研究者や学生のための本である。
 アルツハイマー病などの神経の病気を持つ人では神経の伝達が異常になっている。神経はいろいろの働きをしているが、記憶や感情のようなものも神経の伝達により支配され、調節されている。それらがおかしくなると、神経症状が現れてくる。老年者にみられる神経疾患でも神経伝達異常が知られており、その異常を改善することによって症状が良くなることが明らかになっている。たとえば、パーキンソン病では脳の黒質・線条体のドーパミンという物質が少なくなっているので、ドーパミンを補うためにL−ドーパという薬物を投与することによって病気は軽くなる。他の神経疾患にも応用できるので、神経疾患の治療薬を開 発するという側面からも大切であろう。
 『老人ボケは防げるか』という本は、広島大学医学部第三内科大学院生の松山善次郎君と共著で一般の読者向きに出版した。松山君は現在は分子生物学の研究に没頭し、トランスジェニック・マウスを作製しているが、将来は理想的な老人施設の創設を目指している人である。二人で書いてみると、それぞれ個性があって、章ごとに個性が現れていた。一人で書くと、統一性はとれるが、ともすると単調になり、独善的になってしまう恐れがある。また、数人以上の手になるものはバラエティーには富むが、バラバラになることが多い。単行本の場合の難しい点である。
 『神経伝達物質update』は神経の働きを調節している神経伝達物質についての多方面からのアプローチを、最新の知見を基に集めたものである。約六十名の専門家に分担していただいてまとめたものである。種々の疾患の発病に神経伝達物質が関与して いるか、それらの病気を治療するために神経伝達物質がいかに役立っているかをまとめた。本書は主として研究者を対象とした専門書ではあるが、売れ行きがよい。そのため、現在第三版を準備している途中で、年末か年始に出版される予定である。
 『分子神経病学』というのも、やはり六十余名の専門家の先生方の分担執筆の形をとった書物である。神経疾患の分子生物学的研究は自然科学の全領域を見渡しても、おそらく最も華々しいものである。毎月のように新しい遺伝子の異常が見つかり、神経の病気に対する認識が新しくなってきている。それら神経の病気に対する分子生物学的な新しいアプローチを網羅したのが本書である。このような知識はこれまでの病気に対する考えを大きく変えるもので、これからの医学を支える学生や研究者のみならず、医学以外の一般教養としても大切であろうと考える。



高齢化社会にむけて

 近年、医学は寿命を大幅に延長させるという画期的な成果を収めたが、その陰では高齢者社会という政治・経済面での大きな問題も生み出してきた。これらの問題を解決するためには、高齢者の医学・医療を十分に把握し、それに対する適切な対応をとることが必須である。
 ここに挙げた書物は将来来るべき高齢者社会における医学・医療の方向性をつける一助となるように意図して書いたものである。できれば、医学部のみならず他学部の方々の眼に触れていただける機会があれば幸いである。
 
『ぼけの診療室』(A5判二七二頁)二〇六〇円
一九九〇年 紀伊國屋書店
『神経伝達異常の基礎と臨床』(A5判一五一頁)三八〇〇円
一九九一年 ワールドプラニング社
『老人ボケは防げるか』(B6判一五九頁)一三三九円 
一九九六年 裳華房
『神経伝達物質update』(改訂第二版)(B5判三〇九頁)九八八八円
一九九三年 中外医学社
『分子神経病学』(B5判二四九頁)八七五五円
一九九六年 南江堂




プロフィール

中村 (なかむら・しげのぶ)
◇一九三八年生まれ
◇一九六八京都大学大学院医学研究科博士課程退学
◇一九七六年医学博士(京都大学)
◇専攻=神経内科学、老年医学



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