第55回中国文化賞 

 中国地方の文化・学術・教育の分野で優れた業績をあげた人たちをたたえる,「第55回中国文化賞(中国新聞社主催)」を,本学関係では2名の方が受賞された。
 受賞者は,幼児教育の父フレーベルの研究など,教育哲学・教育思想史を探求してきた小笠原道雄教育学部教授と超原子化合物を先駆的に研究している秋葉欣哉理学部教授である。

広島の教育学研究を思う
─中国文化賞を受賞して─
     
文・小笠原 道雄(Ogasawara, Michio)
教育学部教授・副学長
先達の研究姿勢を受け継いで

 原田康夫広島大学長のご推薦をいただき、第五十五回の中国文化賞をいただくことになりましたが、一方で、私の研究が地域文化の向上にどれほど貢献してきのかと自問しながら、他方で、表彰の理由に記されている文面から感慨を新たにしているところであります。
 それは、教育学の基礎学である教育哲学や教育思想史の研究という、実に地味で目立たない研究領域に対して光をあてて下さったことであります。
 実はこの研究領域は、旧制広島高等師範学校や広島文理科大学における教育、研究の一大特色であり、長田新、稲富栄次郎、皇至道先生等によって日本の教育学研究において確固たる基盤を樹立され、「広島の教育学」として全国を席巻したものであります。具体的に申せば、中央の権力機構からほど良い距離を保ちながら、ヒュウーマニズムの教育に徹する研究姿勢であります。
 その意味では、今回の受賞は、これら先達の築かれた方向を継承し、今日の研究状況において深化した点に与えられたものと思い、改めて、広島の教育学研究に対する賞と考え、心からありがたく、喜んでいただいたところであります。


ドイツとのかかわり

 受賞の第二の理由とし、「ドイツの教育学研究のみならず、日本とドイツの幅広い文化交流にも貢献され大学と地域社会さらに全国の教育文化界を結びつける取り組み」と記されています。この面でも私は「広島の教育学」に大きく依存してきました。
 教育の実証的研究ということから、今日、アメリカ流の教育研究が隆盛していますが、教育という活動は、人間および人間に関係するすべてのもの、すなわち、歴史・社会・文化はもちろんのこと、自然や神をも含めて、これら一切のものの全体的な関連のなかで営まれる活動です。したがいまして、この全体的関連や、教育に対する全一的な知を求め、全体的統一性を得ようとする場合、ドイツ流の教育学研究に学ぶ点は実に大きいものがあるのです(もっとも、ドイツと日本という風土、文化状況の異なりを十分意識してのことですが)。
 そのようなことから、私はこの二十年間に、三十名近くのドイツの教育学者をこの広島の地にお迎えし、大学や地域での講演会や大学院の集中講義をお願いしてきました。またその関係から日・独に共通する教育問題をめぐるシンポジウムや国際会議を日本とドイツの双方で行ってきました。
 その成果のひとつに日・独フレーベル会議、国際フレーベル・シンポジウムがあります。統一ドイツ後、財政危機に陥っていた旧東ドイツ・バード・ブランケンブルクのフレーベル博物館(世界で最初の幼稚園発祥の地)の窮状をドイツの学界、学術団体に訴え、日本の出版社等からも精神的、財政的支援を得るための会議やシンポジウムを開催したのであります。本年には、「教育における戦争責任の問題」のテーマで、日本とドイツの双方でシンポジウムを行うよう目下準備中です。


今一度足元に目をやる

 しかし、いま、私が最も心を痛めておりますことは、「広島の教育」のことであります。かつては、教育県として全国に鳴らしたその教育水準が、今日、マスコミ等によって伝えられているような状況であるのでしたら、実に悲しい。地元で教育の研究に携わっている者として、のっぴきならぬ問題対象と考えております。それはまさに、教育理論家、教育思想家の責任でもあります。今回、この伝統ある中国文化賞をいただきその感を一層深くいたしたところであります。

バード・ブランゲンブルクでの国際会議(この足下に、「子どもの庭」があった」)



東千田から西条へ
     
文・秋葉 欣哉(Akiba, Kin-ya)
理学部教授
 このたび、中国文化賞を受賞できましたことは、大変光栄なことと存じております。昭和五十五年四月に「二十年教授ができるぞ」と喜んで東京より赴任して以来十九年、広島の人の仲間に入れていただけたと喜んでおります。
 この間、スタッフとして協力してくれた共同研究者にまずお礼を言います。反応有機化学研究室で実験研究の中心メンバーとして修士課程を過ごした(ている)学生さんに、さらに比較的少数ながらも精鋭の博士課程を過ごした(ている)学生さんにはより一層、心から感謝しております。学部で卒業した学生さんおよび企業から在籍した方々も心からここに加えさせて頂きます。


東千田キャンパス時代

 赴任以来、平成三年夏の東広島キャンパスへの統合移転まで十一年四か月を過ごした東千田キャンパスでは、大半を植物園脇の柿の木と池のある宿舎に住まわせて頂けたことは誠に幸いでした。夕食後や休日も気楽に研究室へ行けました。
 結合交換反応・渡環相互作用を用いる超原子価結合の形成・edge inversion(二稜交差反転)などの有機超原子価化合物の基本的な反応の研究を主としながら、窒素を含むヘテロ環化合物の合成法の開発などを行いました。この時期に有機超原子価化合物の基本的な構造・反応に関する考え方を作りあげ、多くの人たちの理解を得て、平成二年度から文部省科学研究費補助金重点領域研究「有機異常原子価」を発足することができました。順調で夢のある楽しい時期でした。


東広島キャンパス時代

 理学部の統合移転とほぼ同時にががら第一宿舎へ引っ越し、間もなく家族全員を説いて一緒に住んできました。
 重点領域研究「有機異常原子価」の交付金で購入できたNMR(400MHz) ・X線構造解析装置(四軸)などは始めから東広島キャンパスに設置したので、しばらくは東千田から東広島へ測定に来たりしました。
 リガンドカップリング反応・十五族ポルフィリンの合成・五配位有機リン化合物の擬似回転の凍結と位置異性体の単離およびそれらの合成的応用・六配位有機テルル化合物の合成などの研究を発展させることができました。
 この新しい化学の領域を明確にし、確立するために、最近つぎの二書を編集刊行しました。日本化学会編季刊化学総説No.34『有機超原子価化合物』(一九九八年三月)と『Chemistry of Hypervalent Compounds』、Wiley-VCH 一九九九年一月(本書には、ノーベル賞受賞者であるProfessor Sir Derek H. R. Barton先生に、急逝される直前にForewordをお書き頂けたのは幸いでした)です。
 東広島キャンパスでの生活環境はご承知のとおりで、自然環境はよいのですが、都市的生活基盤はほとんど整っておりません。これらの個人的な感じを和歌にしてみました。まず、移転を祝う歌から始めます。次第に気が滅入りますが、これを乗り越えようと心掛けています。
 新墾の鏡山射す朝日影
賀茂の大地に満ちて開け行く
 県道に歩道はなくて田と畠
わが大学はUFOなるか
 西条の酒のみにては気は立たず
今は恋しき広島の街
 スーパーを核にし町を拓くとす
わが住む土地に文化のありや


  企業などとの関係

 化学製品は日常生活に浸透し汎用され不可欠のものです。したがって、大学と企業との関係も比較的にとりやすい面もあります。そこで、中国・四国九県の化学系企業と大学人のあいだの親睦と交流をはかる場として昭和五十九年に化学懇談会を設立し、四十八社の参加を得るまでに成長させることができました。高校生や地域の方々に対する化学の広報活動も大切なことと考えています。
 理学部の重点化が決定されたことを契機として、本学の一層の発展を心から祈念しております。



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