放射光科学研究センターは今  

文・写真 谷口 雅樹(Taniguchi, Masaki)   
放射光科学研究センター長

 高速で走る電子の進行方向を磁石で曲げると、接線方向に非常に強い光が発生します。光の強さはおよそ太陽光の一億倍にもおよび、この光のことを「放射光」と呼んでいます。現在、放射光の利用は物質科学や生命科学の基礎研究をはじめ、材料評価・分析、物質加工・改質等の先端技術、医学への応用にいたる広範な分野で急速に広がりつつあります。
一.設立の経緯
 広島大学では放射光の有用性にいち早く注目し、昭和五十八年(一九八三年)以来、放射光施設の設置を粘り強く提案してきました。その甲斐あって、平成七年(一九九五年)度に、学術審議会の議を経た後、施設の建設が認められました。昭和五十七年(一九八二年)に、文部省直轄の高エネルギー物理学研究所で全国共同利用の放射光実験施設が発足して以来、国立大学にはじめて設置されたもので、関係各界に強いインパクトを与えました。
 平成八年度に、放射光源、四系列のビームラインと観測システムの整備が行われる一方で、放射光実験棟が竣工するとともに、「放射光科学研究センター(省令施設)」が平成八年五月十一日に発足しました。平成九年度以降、ビームラインと観測システムの整備が続けられ、平成十年度には、十系列のビームラインと観測システムの導入・整備が完了する予定です。この間、平成十年三月には研究棟(汪)と実験準備棟の一部も竣工しました(図1 平面図)。

図1 センター建物平面図



二.設備の概要
 放射光源、ビームライン、観測システム等の整備が、センターのスタッフと学内外の研究者の協力のもとに、精力的に進められています。
(一)放射光源
 放射光源(愛称:HiSOR)は、電子入射器と二か所の偏向部と二か所の直線部をもつレーストラック状の電子蓄積リングから成り、可視光からX線域の光の利用が可能です。
 直線部には、偏向部からの光のさらに数千倍から一万倍の強い光を発生する直線偏光アンジュレータ(一次光ピーク:四〇〜九〇電子ボルト(eV))と直線-楕円-円偏光が切り替えられるヘリカルアンジュレータ(一次光ピーク:一〜四〇eV(直線偏光モード)、二・五〜四〇eV(円偏光モード))が設置されています。現在、蓄積電流一〇〇mAで定常運転が行われています(図2 放射光のスペクトル分布)。

図2 放射光のスペクトル分布

(二)研究課題
 本学の放射光源は、特に真空紫外線から軟X線領域の光の利用に最適化されています。この領域の光は、物質と非常に強く相互作用するために、物質研究にとって最良の条件を備えていますが、従来、光の発生が困難であったため未開拓の分野が多く、研究者にとっては研究材料の宝庫となっています。
 オリジナリティーが高く、本学の放射光源の特長を最大限に活かす研究を実施するため、現在、高分解能極低温光電子分光実験、光電子・逆光電子分光実験、軟X線発光分光実験、表面光化学反応実験、表面XAFS実験、気相イオン化実験、XAFS実験、生体物質円二色性実験、表面・界面構造解析実験(岡山大学)、内殻共鳴光電子分光実験のための装置の整備が進行中です。
 いくつかの研究課題については、すでに世界初演の結果が得られています。今後、医療材料表面評価装置や放射線生物学実験装置の整備も行われる予定ですが、これらに加え、学内研究者の方々からの新たな提案も積極的に受け入れられるような仕組みになっています。
 電子入射器から発生する高エネルギー電子ビームは、放射光源だけでなく、隣接するベンチャー・ビジネス・ラボラトリーの周回装置へも供給され、ビーム軌道上に設置された薄膜単結晶を通過する際に発生する、「パラメトリックX線」の研究に利用されています。
 将来は、電子ビーム軌道診断用ポート二本を含めた十六本までのビームポートの利用が可能で、これらの中には自治体・産業界(広島県産業科学研究所など)によるビームラインも計画されています。

放射光実験ホール



三.センターの性格と放射光利用計画
(一)性格
 放射光科学研究センターは、学内共同教育研究施設です。センターでは、大学や地域で培われたオリジナリティの高い研究を推進していきます。将来的には、全国共同利用の研究施設を目指しています。
(二)放射光利用計画
 「特色ある研究」、「共同利用」、「学部・大学院教育への導入」、「国際交流」を四つの柱としています。
○特色ある研究
 オリジナリティ、緊急性、発展性、需要、具体性、技術的可能性などについて検討したうえで複数の研究課題を選定し、重点的に推進していこうとしています。
○共同利用
 「学内共同利用を基本とし学外に対しても共同利用を行う」、いわゆる地域型共同利用を実施します。学外ユーザーによる共同利用については、当面「客員研究員」(国立大学・研究所など)や「受託研究員」、「民間等との共同研究」(自治体・産業界)などの仕組みを活用します。
 放射光源は、平成九年三月に導入を完了し、平成十年四月までの調整運転、そして科学技術庁による施設検査の後、同年五月より使用を開始しています。いまのところ、建設チームを中心に暫定的な利用研究が進められつつあります。平成十一年度から、学内をはじめとする研究者の方々に利用を開始していただく予定です(詳細は文末の放射光事務室にお問い合わせ下さい)。
○教育への導入
 自然科学系大学院においては、先端的研究を通した高度専門教育や研究者育成を目指しています。学部においては、先端科学技術やその成果に関する現場を紹介し、科学技術への興味と関心の高揚、探求心の増進を深めていこうとしています。
○国際交流
 放射光実験施設は、世界の三十数か所で稼動しているにすぎません。そのため、研究者は大学の中はもちろんですが、むしろ国を越えて世界各国の研究者と国際共同研究を実施したり、海外研究者との人的交流や情報の交換を行うようになります。
 例えば、最近開催したHiSORセミナー十七回のうち、外国人講師は十二人にも上ります。また、ここ一年で、各種国際会議から五件以上の招待講演の依頼も受けました。放射光科学の性格から、留学生の受け入れに対しても、ユニークな機会を提供できるものと考えています。


四.今後の展望
 大学の多くの実験室においては、試行錯誤や創意工夫を積み上げながら、時間をかけてじっくりと研究に取り組んでいます。時には、予期せぬ結果が素晴らしい成果に結びつくこともあります。
 放射光利用実験はこれまで、配分されるビームタイムがせいぜい二週間程度であるなど、さまざまな制約のもとで実施されてきました。本センターでは、選定された研究課題についてはビームタイムの制約を極端に緩和するなどして、実験室での研究形態に近い状況をいち早く実現し、質的にも量的にも優れた研究成果を挙げていきたいと考えています。
 私たちの目指すものはただひとつ、本センターが大学という教育・研究の現場に設置された施設であることを最大限に生かして、明日を担う若者が夢と希望を抱くことのできるような、個性輝く研究拠点を形成することと考えています。


放射光科学研究センター事務室
 TEL.〇八二四-二四-六二九三
 FAX.〇八二四-二四-六二九四
 e-mail:
jimu@hisor.material.sci.hiroshima-u.ac.jp




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