私の歩いた道

 村上  誠(むらかみ まこと) 大学院国際協力研究科文化動態講座

〈部局歴〉
  昭和38・4 教育学部附属中学校
    41・1 教育学部附属高等学校
    44・4 文学部
    47・9 教養部
    49・6 総合科学部
  平成7・4 大学院国際協力研究科
 
   
 


 私の歩いた教育の道は、附属中高校に始まりました。そこで生徒たちの輝く瞳が、私に教育の道の楽しさを教えてくれました。文学部は大学紛争の最中でした。デモる学生の一途な眼に教育の道の厳しさを知らされました。教養部、総合科学部で、学部を創り育てる道の大変さを知りました。地域研究の構築と実践は模索の道でした。社会科学と国際協力の研究科では、多くの留学生に接し、改めて世界と日本を教える道の深さを教えられました。
 一方、私の調査研究の道は、日本の工業都市やその周辺を歩くことから始まり、やがてアジアへ向かって行きました。初めての地は、独立後間もないシンガポールのジュロンでした。その後東南アジアから天竺への道をたどりました。ヒンドスタンやデカンの村々で、天に身を任せる農民の生きる道を、ドルガプールやバンガロールでは、インドの明日への道を知りました。やや遅れて訪ねた唐の地では、武漢や瀋陽などで中国のたどった重い道を、深センや浦東で中国の新しい道を感じたものです。また、蔚山や高雄ではニーズの躍動する道を目の当たりにしました。私の道は、これからも続きます。
 折々の道で出会った方々に、心からの感謝の意を捧げつつ。

インド、西ベンガル州ミドナプール県ラダバラブプール村。調査を終えて、さよなら会のひとこま。調査隊員と調査に協力してもらった村の青年たち、左端は村長。(筆者中央)(1992年10月)



広大フォーラム30期6号 目次に戻る