広島大学のハラスメント事情 
─ハラスメント相談の現場から─

広島大学ハラスメント相談員連絡会
会長 兒玉 憲一

 本学では、平成十年度に「広島大学ハラスメント防止等に関する規程」が制定され、平成十一年度から啓発・相談・調査の活動がスタートしました。ここでは、この一年余りのハラスメント相談連絡会の活動を通して明らかになった本学のハラスメント事情の一端を紹介し、学生・教職員の皆様に現実をしっかり認識していただくとともに、本学からハラスメントをなくすためにどうしたらよいかをともに考えていただきたいと思います。

 



本学のハラスメント対策の特徴

 本学のハラスメント対策には二つの特徴があります。第一の特徴は、セクシュアル・ハラスメント(以下、セクハラ)だけではなく、アカデミック・ハラスメント(以下、アカハラ)やジェンダー・ハラスメントなどの「そのほかのハラスメント」も含めた包括的なハラスメント対策であるということです。男性と女性、教職員と学生、先輩と後輩など、学内のあらゆる関係においてハラスメントのない、平等でお互いを尊重し合えるパートナーシップの形成をめざしています。この点は、わが国の大学で他に例を見ないものです。第二の特徴は、学部、研究科など部局の枠を超えた全学的なシステムを構築していることです。図は、本学における相談・調査・指導の流れを示しています。「被害者」は、所属部局に関係なく、どこのハラスメント相談員やハラスメント専門相談員にでも相談できます(1,2)。相談だけで解決できない事例については、副学長と数名の部局長などで構成するハラスメント調査会で事実関係を調査し(3,4,5,6)、その結果にもとづき学長が「被害者」の救済(7,8)や「行為者」に対する指導処分(7,9,)を行います。これは、多くの大学において「行為者」の所属する部局が強い身内意識のために「被害者」の訴えをうやむやに処理してきたという反省に立って考えられたシステムです。

図 広島大学ハラスメント体制
 


ハラスメント相談の実際

 表には、平成十一年度にハラスメント相談窓口に持ち込まれたケース数を、ハラスメントの種類別に分けて示しています。
 セクハラのうち、環境型セクハラとは、研究室にヌード写真を貼ったり、講義で講師が女性に対する差別的な発言を繰り返すなどの言動で「被害者」の就学就労のための環境を悪化させるものです。これらの訴えに対して、相談員が「行為者」の上司に連絡し、環境の改善のための指導をお願いしたところ、速やかに対処してもらいました。それを機会に、ハラスメントの勉強会を自主的に開いたところもありました。地位利用型(補償型・対価型)セクハラとは、上司と部下、教官と学生といった一定の関係にある者が、地位・立場・力関係を利用して相手に性的な要求を行い、それを拒否すると学業や職務上の不利益を与えるものです。昨年度は、教官の学生に対するセクハラの訴えが二例ありました。そのうち、一例は当事者同士で話し合い、もう一例は上司が介入し、いずれも「行為者」が非を認めて謝罪しました。
 そのほかのハラスメントのうち、七例が教官の学生に対するアカハラの訴えでした。具体的には、「行為者」(教官)から教育研究上で一方的、差別的、あるいは暴力的な指導を受けたという「被害者」(学生)からの訴えでした。相談の結果、「行為者」の上司が介入し、「被害者」の指導教官を別の教官と交代させて解決したものもありましたが、調査会が設置されたものもありました。四例が教官の教官に対するアカハラの訴えで、主に「行為者」(教授)から一方的あるいは暴力的な研究指導を受けたり、人事面で差別的な扱いを受けたという「被害者」(助手など)からの訴えでした。これも、相談の結果「行為者」の上司が介入し、「被害者」が「行為者」に接触しないですむような策を講じて解決したものもありましたが、「被害」が深刻として調査会が設置されたものもありました。
 合計十九例という数を多いとみるか少ないと見るか意見の分かれるところです。「被害者」にとって身近で自分より上位で権力を持つ「行為者」を訴えるには大変な勇気と相当の覚悟が要ることからすると、この数は必ずしも少なくないと考えられます。一方、この他にもセクハラやアカハラの被害を受けている学生・教職員がいるという情報が相談員に届けられながら、結局「被害者」本人が相談に来ないという例も少なくないことから、この数は氷山の一角とも考えられます。いずれにしても、今後もっと相談しやすい体制づくりに努める必要があります。ちなみに、「被害者」の半数近くが、まず専門相談員専用Eメールアドレス(harassos@hiroshima-u.ac.jp)にアクセスし、専門相談員に励まされてようやく来談したことを申し添えます。

表 ハラスメント相談の内訳

(1999.4〜2000.3)
ハラスメントの種類 行為者と被害者の関係 ケース数
セクシュアルハラスメント 環境型 教官の学生に対するもの 2
業者の教職員に対するもの 1
地位利用型 教官の学生に対するもの 2
そのほかのハラスメント 教官の学生に対するもの 7
教官の教官に対するもの 4
事務官の事務官に対するもの 1
学生の学生に対するもの 1
学外者の学生に対するもの 1

合  計

19



「行為者」にならないために

 「被害者」からハラスメントの「行為者」として訴えられた人は、異口同音に「そんなことがハラスメントになるとは思ってもみなかった」、あるいは「あくまで本人(「被害者」)のためを思って一生懸命指導してきた。それをハラスメントと言われるのは、心外である」と言います。性的な行動に及んだり、暴言を吐いたり暴力を振るうなどの例は論外としても、たしかに「行為者」が教育や指導にあまりに熱心なために行き過ぎた言動に及んだという例もあります。ただ、いずれにしても相手がそのことで多大な苦痛を味わったり、名誉を傷つけられたり、就学就労上で不利益を受け、「被害者」として訴えた事実は重く受け止める必要があり、「行為者」は何らかの責任をとらなければなりません。
 それでは、どうしたらハラスメントの「行為者」にならないですむのでしょうか。まず、どのような行為がハラスメントに当たるのかをよく理解することが大切です。そのために、本学では規程等でハラスメントに該当する言動を細かく定めています(「学報」七七一号六六二三〜六六二五頁)。また、すべての学生・教職員に配布した啓発チラシでも解説しています。さらには、『セクハラ防止ガイドブック』日経連出版部)というベストセラーもあります。ただ、このような「べからず集」にはおのずと限界があります。むしろ、「相手を思いやる」という人間関係の原点に立ち返ることが効果的です。弁護士の福島瑞穂さんが『セクシュアル・ハラスメント』(有斐閣選書)という本で次のような文章を紹介しています。「セクシュアル・ハラスメントがどうすればなくなるかを知っていますか。ただ他人をあなたがそう扱われたいと思うように扱えばよいのです。自分をRESPECTするように、他人をRESPECTするのです。」たしかに、「行為者」は自分を尊重する気持ちは人一倍強いのに、相手を尊重する気持ちが乏しい人が多いように思います。相手を尊重するとともに、自分の接し方、言葉遣い、指導方法について、どのように思っているか相手に率直に尋ねる勇気と余裕と柔らかさを持ちたいものです。


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