開かれた学問(80)

 マクロ経済と財政 

文・ 二 村 博 司
経済学部助教授

 今年度前期もそろそろ終わりですが、新入生の皆さんは大学の生活に慣れましたか。一人暮しを始めた人も多いと思いますが、お金の管理には十分気を付けて計画的に使いましょう。そのためには家計簿を付けることによって、収入・支出状況を把握することが有益でしょう。さて、「マクロ経済と財政」と名付けたこの小論では(i)一国の政府・公共部門が経済政策を実施するにあたって、私達と同様に収入・支出の長期的な動向を念頭に置いて計画を立てる必要があること、(ii)平成不況と経済政策、の二点について最近の研究成果を交えながら解説したいと思います。

 



(i)政府予算制約式

支出 収入
食費  30 両親からの仕送り 80
家賃  45 アルバイト    50
光熱費 15 銀行預金利子   0.5
娯楽  20
預金  20.5
合計 130.5 合計     130.5
 経済学が扱う主要な問題は「限られた資源をどのように配分するか」というものです。逆に言えば、資源に制約が無く、全ての願いが叶うような世界では、経済的な問題は存在しないでしょう。さて、限られた資源の配分問題の一例として、広大生A君の消費・貯蓄問題を考えてみましょう。A君の四月の家計簿は、上の表のようであったとします。単位は千円です。ここで次の記号を導入します。h4はA君の四月収入のうち、両親からの仕送りとアルバイト料を合わせたもの、a3は三月末銀行預金残高、r3は三月の銀行預金利子率とします。(ここでは話を簡単にするために、年利ではなく月利と仮定しています。)a3=100(十万円)、r3=0.005(〇・五パーセント)として、表中の銀行預金利子収入r3×a3=0.5(五千円)を得ます。また四月の総収入(十三万五百円)のうち、使った分(食費、家賃、光熱費、娯楽の合計)をc4、使わなかった分(預金)をs4とします。このときA君の四月の家計簿は、次の予算制約式で表されます。

 (1) c4(110)+s4(20.5)=h4(130)+r3a3(0.5)

またA君の四月末の銀行預金残高は次のようになります。

 (2) a4(120.5)=a3(100)+s4(20.5)

さて(1)式と(2)式からs4を消去すると次の式が得られます。

 (3) a4=(1+r3)a3+h4-c4

下付添字の「3」と「4」は時間(月)ですから、(3)式は銀行預金残高at(t=3,4,5,…)に関する差分方程式とみなすことができます。t=4,5,6まで逐次代入を繰返すと

 (4) c4+c5/(1+r4)+c6/[(1+r4)(1+r5)]+a6/[(1+r4)(1+r5)]=h4+h5/(1+r4)+h6/[(1+r4)(1+r5)]+(1+r3)a3

という式が得られますが、これは右辺の収入{h4,h5, h6}の下で可能な消費計画{c4,c5,c6}が満たすべき関係、又は左辺の消費計画の達成に必要な収入が満たすべき関係を表しています。
歳出 歳入
公共支出 63 (74%)
(国債費を除く)
租税・その他 52.4(61.6%)
国債費  22 (26%) 国債(借入) 32.6(38.4%)
合計   85 合計     85
 さてA君と同じように、政府も収入・支出を示す帳簿を念頭に置いて経済政策を計画する必要があります。日本経済全体に占める政府活動を示す統計データには中央政府、地方政府、及び社会保障をまとめたものが用いられますが、ここでは中央政府の「家計簿」である一般会計を紹介します。次の表は一九九九年十二月に発表された二〇〇〇会計年度(二〇〇〇年四月一日から二〇〇一年三月三十一日まで)の一般会計予算案です。単位は兆円、かっこ内は総額に占める比率です。A君の家計簿との比較では、歳入は収入に、歳出は支出に対応しています。歳出中の国債費とは、政府借入残高に対する利払いのようなもので、一九九九年度末の国債残高をB99、一九九九年度の利子率をr99とすればr99×B99となります。国債費以外の公共支出をG00と表しましょう。これには公共事業、防衛、教育等政府の関わる様々な項目が含まれています。租税・その他の五二・四兆円をT00と表しますが、歳出総額が八五兆円なので不足分は借入によって充当します。これは国債残高の増加分△B00となります。(「△」はギリシャ大文字の「デルタ」で、Bの変化分を意味します。)以上をまとめて、政府の予算制約式を次のように表します。

 (5) G00(63)+r99B99(22)=T00(52.4)+△B00(32.6)

一九九九年度末の国債残高は約三三〇兆円なので、二千年度末には

   (6) B00(362.6)=B99(330)+△B00(32.6)

となります。さて(5)式と(6)式から(△B00を消去すればBtに関する差分方程式を得ます。先の(4)式では三回の逐次代入によってA君の三か月に渡る予算制約式を得ましたが、ここではx回の逐次代入をしたという一般的な表現を示します。また下付添字の1999を-1、2000を0、2001を1というふうに数え直すことにすれば、結果として

 (7) G0+G1/(1+r0)+・・・+Gx/[(1+r0)・・・(1+rx-1)]+ (1+rx-1) B-1=T0+T1/(1+r0)+・・・+Tx/[(1+r0)・・・(1+rx-1)]+ Bx/[(1+r0)・・・(1+rx-1)]

という表現を得ます。この式の意味は明らかでしょう。即ち、右辺の税収{T0,T1,…,Tx}の下で政府の支出計画{G0,G1,・・・,Gx}が満たすべき関係、又は左辺の支出計画の達成に必要な税収が満たすべき関係を表しています。


(ii)平成不況と経済政策

 平成不況対策として政府は、巨額の公共事業を通じた民間経済の活性化を試みてきましたが、これまでのところ景気の底割れを防ぐ以上の成果は上がっていません。さて、このような積極的財政政策は(5)式の上ではGが大きいことを意味しますが、不況のために増税によってTを大きくする訳にもいかず、いきおい国債の増発に頼らざるを得ません。一方この先、当分大きなGを維持し続けるとすれば、(7)式の右辺は「たとえ現在のTが小さくても、将来的には増税もしくは国債残高Bが増加しなければならない」ということを意味しています。これは「現在の借金はいずれ税金または更なる借入によって返済しなければならない」からです。政治的には増税を避けたいのでしょうが、だからといって際限無く借入残高を大きくする訳にはいきません。日本国民の懐にも限りがあるからです。ちなみに中央政府と地方政府の借入残高は二〇〇〇年度末には約六五〇兆円に達すると予想されています。これに対して、日本国民の総所得に対応するGDPは約五〇〇兆円です。
 願わくば積極的財政政策が功を奏して、早めに景気が回復してほしいものですが、これにも疑問符が付きます。というのは、これまでの推計から経済全体の生産技術は収穫一定、もしくはわずかに逓減であることが知られているからです。「収穫一定技術」というのは、投入を二倍にしたとき産出も二倍になるようなもので、二倍以下になるものが「収穫逓減技術」です。この場合、公共支出の増加に伴って民間企業の設備投資も増えれば、一時的には景気が回復するかもしれませんが、収穫逓減によって将来の生産効率が低下し、所得と税収の低下によって長期的には財政収支を更に悪化させる恐れがあります。(既に現時点においてさえ、多くの企業がバブル期に積上げた過剰な設備の処分に苦しんでいます。)
 しかしながら、光明が無い訳ではありません。いくつかの産業は収穫逓増技術を持つと考えられ、理論的には、このような技術が長期的経済成長のエンジンに成り得ることが知られています。例えば、アメリカの好況の原動力である情報・通信関連産業は収穫逓増産業と考えられ、これが経済全体の生産効率性に与える影響も、経済統計データによって確認されるようになりました。このことから、限られた予算を有効に使うためには、公共支出をやみくもに拡大するのではなく、経済成長のエンジンに成り得るような分野に集中すべきであるという、ごく常識的な結論が得られます。
 さて先に「収穫逓増技術は長期的経済成長のエンジンに成り得る」と述べましたが、実はこの技術の下では好況と不況の両方が「自己実現的期待」によって生じる可能性があるということも知られています。例えば、多くの企業が「将来景気は悪くなる」と予想して設備投資を控えれば、技術の収穫逓増性によって生産効率性が下がり、予想どおりに景気後退が実現すると言う訳です。(ちなみに「バブル」も人々の自己実現的期待に基づいた投資行動によって、資産価格が際限無く上昇する現象と解釈されます。)公的年金・医療保険といった社会保障は政府・公共部門の活動の中で大きな比率を占めるに至りましたが、受益と負担に関する計画については不確定な部分が多く残されています。消費者と生産者の経済活動は将来に関する予想に依存しており、政府は早急に中・長期的計画を提示することによって、民間の不必要な不安を取り除く事が大切でしょう。



 プロフィール

(ふたむら ひろし)
☆一九九三年八月ニューヨーク州立大学大学院修了
☆一九九七年四月より広島大学経済学部助教授
☆専門はマクロ経済学、経済成長理論、財政学





 
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