開かれた学問(85)
文・千田 隆 (SENDA, Takashi)経済学部助教授 現在、テレビや新聞で盛んに議論されている経済問題として「物価の下落」すなわち「デフレ」があります。なぜ物価が下落しているのでしょうか。実は、この問題を解く鍵は、経済全体に流通しているマネー(お金)の量にあるのです。 戦後初の「デフレ認定」 政府は今年の三月十六日、戦後初の「デフレ認定」に踏み切りました。いま日本経済が物価水準が持続的に下落していく状況にあると認めたわけです。例えば、この一年間で日本の物価は○・五%下落しました。さらに、政府の発表する物価の計算にはデフレ幅を実際より小さく見積もるという技術的な問題がありますので、多くの専門家は、本当のデフレはもっとひどく、真の物価は一・五%以上、下落しているのではないかと考えています。 デフレになると経済が不安定化する可能性があります。まず、デフレは既に借金している人の実質的な金利負担を増加させます。ローンを返済している人たちは、実質的な負担増に対処するために消費を切り詰めるでしょう。さらに、デフレで実質的な金利負担が増えますと、お金を借りて新しい事業を興す人が減ってしまうかもしれません。デフレの問題は今日の日本にとって最大の経済問題の一つです。しかし、そのデフレの問題を解決するためには、まず、その原因を知る必要があります。 デフレとマネー・サプライ
なぜデフレが生じるのでしょうか。解決の糸口として「マネー・サプライ(貨幣供給量)の動きが物価水準の動きと同じように変化している」という観察事実を挙げることができます。マネー・サプライと物価水準を示した図1を見てください。マネー・サプライと物価水準は、一九九○年以前は共に右肩上がりで増加し、一九九○年以降は共に上昇が止まるというように同じような動きをしています。このデータは、最近のデフレがマネー・サプライの伸びの鈍化によってもたらされたことを示唆しています。
マネー・サプライと物価水準との関係を示す証拠をもう一つお見せしましょう。図2は、インフレ率とマネー・サプライ増加率とをプロットしたものです。この図から、インフレ率の高い国ではマネー・サプライ増加率も高くなっており、逆に、インフレ率の非常に低い国ではマネー・サプライ増加率も低くなっていることがお分かりになると思います。 誤まったデフレ対策を採る危険 ここまで読まれた読者の方の中には首を傾げておられる方がおられるかもしれません。「デフレは、外国からの安い野菜や工業製品が入っているからではないのか」とか「半額バーガーのようにお店の間の競争がデフレの原因だ」と考えている方も多いでしょう。しかし、安い輸入品の流入や安売り競争は一部の商品価格の下落であり、総物価に対してはせいぜい一時的な効果しかありません。「デフレの原因なんか知って何になるのだ」といわれる方もおられるでしょう。その答えは、デフレの原因を知らないと誤まったデフレ対策を採る可能性がある、というものです。たとえば、デフレの原因が安い外国からの輸入品にあると考える人のデフレ対策は、安い輸入品の輸入制限です。安売り競争を原因とみる人のデフレ対策は、価格カルテルのような競争制限政策でしょう。ところが、このような誤まった解決策をとるとデフレ解消効果が疑わしいだけでなく、私たちの生活水準を引き下げるという副作用があります。 正しいデフレ対策はマネーの量を増やすこと 物価水準の動きを説明する最も重要な要因はマネー・サプライです。確かに物価水準はマネー・サプライ以外のものが原因で変化することがあります。特に月々の物価水準の動きは、農作物の不作といったような特殊な要因の影響を大きく受けます。けれども、五年とか十年という長い期間を平均して考えると、物価水準は経済に流通しているマネーの量によって決定されていると言うことができます。 マネーの量をコントロールしているのは中央銀行、日本の場合は日本銀行です。デフレを解決するには、中央銀行がマネーの量を増やす以外に方法はありません。中央銀行はマネー・サプライを管理することによって物価の安定を達成する責任を負っているのです。
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