「コミュニケーションIA」の授業にて
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最初に、本稿の主旨を明確に申し上げます。退屈な授業をする教師は去るべし!(Boring teachers should leave!)
研究も大学運営も、大学人にとっては重要な仕事です。一方、私の印象では、効果の証明された教授法に裏打ちされ、創造的でおもしろい授業をするために努力を払っている教員は、まだ少なすぎると思います。授業中に居眠りしたり、宿題もしないのに、単位を得て卒業する学生もいます。それは、卒業後に要求される水準のスキルを教師が学生に与えなかったことを意味します。このような状態を改善するためには、授業の場におけるアカウンタビリティを保証する制度を導入することが必要です。本稿では、私の母校のウィスコンシン大学(UW)で授業の質を向上させるために実施されている慣行を三つ紹介したいと思います。
第一は、学生による無記名の授業評価です。これは、すべての教員に対して毎年行われます。その結果は、契約更改の際の資料としても使われますから、教員は必然的に高い評価を受ける、よりよい授業をめざします。UWの学生は、もちろん礼儀正しくですが、教師に対し言うべきことははっきりと言っていました。
第二の方法は、教員同士による定期的な授業参観です。これは非公式な形(授業を見た後、それについて話し合う)と公式な形(短いレポートを出す)の両方で行われています。広大でも、たとえば、「すべての教員は毎年三人の同僚の授業を参観する義務を負う」というような制度にしたらどうでしょうか。同僚による評価を意識すれば、授業の改善により積極的になるでしょうし、また、同僚の良い授業から学ぶことは多いと思います。
ウィスコンシン大学マディソン校には
4万人以上の学生がいます
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第三に、UWでは、教員同士による教授法を巡る意見交換が頻繁に行われていました。広大に来て、教員の間で教授法についての話し合いがほとんどないことに、私は唖然としました。会議のテーマの九十九%以上は、カリキュラムや授業のコマ数と運営のことばかりです。また、広大の先生たちの多くは教授法をテーマとした学会や研究会にあまり参加していないようです。教授法をテーマとした講演会だけではなく、実験授業などを伴う参加型のワークショップを定期的に行い、理論的な勉強をするとともにお互いのアイデアを交換したらどうでしょうか。
最後に、私は、UWの授業がすべて良く、広大の授業すべてに問題があると言っているわけではありません。学生をやる気にさせる質の高い授業をしている広大の先生を知っていますし、その人たちから私自身も多くの示唆を受けました。ただ、UWと広大は、授業におけるアカウンタビリティの制度を持っているか、それとも個々の教員任せかの点で、やはり違っているような印象を受けます。
(原文・日本語)