「インテンシブ・フランス語IA」の授業にて
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フランスの大学教育はバカロレア試験に合格さえすればいつでも教育機関の場所と名前を問わず、ほぼ無料で大学入学できるようになっています。このシステムのもとで、一九七一年にバカロレアに合格した私は八年間の社会生活を経て、一九七九年から仕事を傍らにパリ第7大学の「日本語・日本文化コース」に新たに入学しました。
パリ第7大学といいますと、一九六八年のいわゆる「五月革命」のすぐ後に建てられたキャンパスの狭い新築大学の一つです。コンクリートに挟まれた講義室に向かう無数の学生や教員が大衆化しつつあった高等教育の新しい顔を織り成していました。私は一年生として学生数に適していない狭い教室に通い、厳しい選抜を経て、四年間という最低期間で修士号を取りました。さらに、一九八二年からパリ政治学院といういわゆる「名門校」に併入学が出来て、威厳にあふれた古い建物において少人数の学生を対象にしたゼミナール式の社会科学の講義を受け、フランスの高等教育のもう一つの面を体験しました。
大衆教育の匿名性とエリート教育の特権を両極に持つフランスの高等教育と比較して、広島大学の印象を語ろうとすると以下のことになるでしょう。
一九八八年に着任した頃の東千田町の古いキャンパスは好きでした。戦後まもなく建てられた汚い校舎、狭い並木道、暗い廊下、ぼろぼろのプレハブも懐かしく思います。確かに今のキャンパスは広くて、設備の面では大変よくなっています。東広島の自然環境、夜の空の胸に染み渡る美しさも否定しません。しかし今のキャンパスは町そして文化から隔離され、孤独を覚えさせる側面も多く抱えていると感じます。幸い、過去の十年間で数多くの人のお陰で、多くのところがすでに改善されました。この先、一層、音楽、映画、展覧会、人類の文化遺産などの催しが日常的に大学で開かれることを強く期待します。
学習の面ではフランスと計りしれないほどの大きな違いがあります。学生に対しての厳しさや要求があるどころか四年間で学生が卒業できること自体が教員の責任であるようです。それに加えて、就職活動にほぼ支配されている学習空間に驚きます。最近、大学の責任と責務(accountability)を口癖にする人が多くなっていますが、フランス人の私には責任を果たす第一歩は大学の学習空間・期間を確保し、学生にそれを保証することにほかなりません。
確かに、大変冷たい社会システムに直面している学生諸君たちが社会に出られるように我々も勤めなければなりません。しかし同時に大学の使命そのものは一定の社会システムに適応することで終わるものではありません。
今、世界に対して競争力に満ちた教育機関を目指そうとしている日本、そしてその元に仕事を行う私達には学生を始め、事務職員、そして教員自身の学習意欲を支え、人間を信じ、生涯にわたって成長のできる開いた学習空間・期間の創設が求められています。
(原文・日本語)