特集 I 学外経験教員から見た広島大学 


2.企業経験教員から



民間企業から広島大学に赴任して感じたこと
文・三浦 賢治
( MIURA, Kenji )
大学院工学研究科建築構造学講座教授




自己紹介

 建設会社に二十年勤務し二年前に広島大学大学院工学研究科に赴任しました。建設会社に勤務する前に八年間東京都立大学助手に奉職していましたので、大学に出戻ったとも言えます。東京都立大学に勤務していました時は、大学紛争の真っ只中でして産学協同が諸悪の権化のように言われておりまして、現在の大学で推奨されている外部資金導入を考えますと正に隔世の感があります。
 建設会社では研究開発部門に属し、業務は建築構造物の実施耐震設計解析とそれを高度化するための研究開発でした。もっとも、赴任する前の五、六年間は管理職でしたので管理業務が大部分を占めていました。勤務していました企業の研究開発の評価は非常に単純明快でして、研究開発成果がどこに適用されて、どの程度の収益が上がったかの研究投資効果が基準になっています。審査論文が何編で被引用回数が幾らかは評価の対象になっていません。さらに、役職ですと組織運営の良否、後進の育成が重要な評価項目として加わります。これらは大学での評価項目とはかなり異なっていますが、今後国立大学法人化に向けて大学教官の評価方法として一考するに値するものかも知れません。

広島大学の発展のためには

 さて、広島大学が今後益々発展するには何が必要かと問われればまず躊躇なく「教育」と答えます。入学した学生は大学にとってはお客様であり、卒業する学生は大学の商品であります。品質保証された商品、すなわち卒業生を世に輩出することは大学の最重要課題であることは言を待ちません。卒業後、社会の中枢を担うに足る資質・能力を持ち、社会で評価されることこそが広島大学の永続的発展に必要不可欠であります。また、四年間、場合によっては六年間その学生に学費を投資した保護者に対する大学側の責務でもあります。「広島大学に入学してよかった」、「広島大学に入学させてよかった」、「広島大学の卒業生を採用してよかった」の声が卒業生、保護者、社会から聞かれるようになることこそが重要と考えています。

大学教育について

 高校までの学校教育、少子化による過保護などが影響して自我に目覚めず、将来に対して明確なビジョンを持たず、ただ周囲の環境に流されて入学する学生が多数いるものと思います。学生と教官の間には多大な認識の乖離があるのも事実です。話し掛けてもまともに返答もできない学生が多々見られますし、教官からは「最近の学生はレベルが下がった。勉強しない」との声を聞くこともしばしばです。先にも述べましたように学生は大学にとってお客様であり、これを育成して品質保証された商品として世に輩出することが重要であることを勘案しますと、根気強く学生と接触し、学生と教官との間に信頼関係を築いて指導することが必要であります。学生の持つ素晴らしい将来を語り、そのためには今、学生は何をすべきなのかを語り合う必要があります。

教官の職務について

 大学の教官は、教育・研究の両面が求められ、これに大学運営に関る職務が加わっています。教授・助教授・講師・助手に関係なく殆ど変わらない職責であります。年齢と共に研究能力は衰退しますが、専門分野および人生の経験は豊富となります。年嵩の教授には講義、学生指導および大学運営に、若手の教官には研究に力点を置いた職務体系を、また職務の適正な評価体制を構築することが急務であると感じております。
 以上、取り留めのないことを記述しましたが、広島大学に赴任して二年経ち、現在感じている事であります。

プロフィール
1971年 東京都立大学大学院工学研究科建築工学専攻修士課程修了
1973年 東京都立大学工学部建築学科助手
1981年 鹿島建設技術研究所研究員
1997年 鹿島建設株式会社小堀研究室地震地盤研究部部長
2000年 広島大学工学部第四類教授
2001年 同大学院工学研究科教授
専門:地震工学



役に立つ大学になるために企業に学ぶ
文・岩田 穆
(IWATA, Atsushi )
大学院先端物質科学研究科
量子機能電子工学講座教授



 私はNTTの研究所に二十四年勤務した後に、広島大学に移って九年目になりました。ここ数年は、社会の仕組みや政治が大きく変わる時代になっています。人間社会の活力停滞、景気の危機的状態も続いています。そんな中で、大学にも変革の波が押し寄せております。特色のある大学を目指して改革し、国立大学法人として競争に勝って生き残らなければなりません。そのためには、組織の目的を達成するための経営と教職員のマインドを大きく変革する必要があります。私は長年の企業経験を持ち、現在は研究成果活用会社の役員を兼業しております。これらの経験から企業の考え方、また、企業から見た大学と内部に入って分かった大学とを対比してみます。

広報活動とイメージ戦略

 企業にとって広報活動は極めて重要で、多額の費用が必要ですから、誰に向かって何を発信するかという目的と、その効果を厳しく吟味、評価します。企業の発展に必要な要素すべてが広報の対象であり、それは社会的役割、顧客、資金源、人材源です。まず、「社会の役に立つ会社です」という企業の理念と経営者の意思が大事です。顧客には商品、技術のPR、資金源としての銀行や投資家に企業経営など広範な広報が必要です。特に企業の特色と高い透明性も必要です。
 大学の広報も考え方は同じで、学術の進歩や科学技術進歩に貢献し、有用な人材を育成するという大学の使命を果たして、「社会の役に立つ大学である」ことを示すことです。次に大学の教育の顧客は学生と親であります。学生を商品と考えるなら最大の顧客は民間企業であります。資金源は国や地方であり、民間企業であります。各広報対象に対して、他とは違う特色ある思想と戦略を持って広報し、社会の認知と評価を得ることが重要です。また、一般の人に大学を知ってもらい、大学の敷居をさげるような広報活動も重要です。

費用対効果の観点からの改善点

 企業は利益追求が目的ですから、投資効果を考えるのは基本です。大学では利益を追求しませんから、教育研究の投資効果が意識されないのはしかたないことです。悪い言い方をすると、研究費を食いつぶして成果は論文の数でごまかすという考えがあったと思います。このことは、企業に在籍中の大学との共同研究の経験では、本気で共同研究をする気にはなれなかった原因かもしれません。
 これからの大学では企業のような、戦略的な研究投資・人材投資と、投資効果や成果の定量的な評価を個人と組織の両レベルで行うことが必須といえます。工学における研究成果の価値は売れるかどうかです。研究成果活用のための兼業ができますので、大学の教官も自ら成果を売るべきです。
企業における各種評価の取り組み

 評価の目的は組織としてパワーアップし、個人の力を一〇〇%発揮させることです。評価の対象は個人、組織、プロジェクトと幅広いですが、ここでは個人の評価について述べます。
 私が勤務していたNTTの研究所で、 十年位個人評価の経験をしました。NTTでは定員という考えが残っていましたので、相対評価によるランク付けが基本でした。それが個人の報賞や昇格に直接に影響しました。そんな中で、マネージメントコースの人材育成制度が導入されました。研究所長を目指す人を希望も聞いて選考し企画管理部門で能力開発するものです。一方で、研究専門コースで研究環境を保証する制度も導入されました。
 大学における個人評価を有効なものにするには、多面的な評価項目に基づく評価制度の試行と改良が必要です。典型的な望ましい幾つかの人物像を基準にした評価項目と、逆に個性的な型破りな評価項目の両方を設定することが必要です。そして、評価の透明性を確保すること、自己評価、グループ内自己評価を導入すること、評価の外部委託などの投資も必要です。
 広島大学では学長のリーダーシップによる上からの法人化に向けた取り組みが強く進められていますが、個々の教官の意識は必ずしも高いとはいえません。自ら挑戦するという意思をもって行動する時期であると考えております。

プロフィール
1970年 名古屋大学大学院工学研究科修士課程修了
同 年 日本電信電話公社に入社
1994年 広島大学工学部教授
2001年 同大学院先端物質科学研究科教授
専門:マイクロエレクトロニクス、集積回路



大学法人化は自治と自由の自己証明
文・金子 由芳
( KANEKO, Yuka )
大学院国際協力研究科社会動態講座助教授



研究教育と育児の両立に四苦八苦・・・

自由の気質

 赴任して五年余り、振り返れば至福の時間でした。理由は単純明解に、「自由」です。学問の自由、表現の自由……目には見えねど、広大の学問空間に空気のごとく充溢するこの貴重な条件は、法人化後にも我らがバランス・シート上の「暖簾(のれん)」として、最大の資産価値を誇るであろうこと。学外から参った者の率直な感想です。

組織論理を越えて…

 私の前職は、民間企業ではなく、政府の対外経済協力を実施する特殊法人ですが、事業目標の設定面や予算面で監督官庁の許認可権に服する点、むしろ法人化後の国立大学の性格と似通った環境であったかと考えます。そのような環境で生じがちな弊は、予算獲得増大が自己目的化した「組織肥大の論理」であり、事業目標をめぐる議論といえどもじつは予算獲得用の作文に過ぎない。とくにこのような論理のもとで、トップダウン型の経営が実施されるならば、個々の成員は主体性発揮の余地を失います。この点、民間企業のほうがまだしも、事業目標(利潤)の追求へ向けて成員の創意工夫を重視するでしょう。私が転職を選択した一つの理由は、まさにこうした組織論理への失望でした。それだけに、赴任後、とくに発足後間もない国際協力研究科(IDEC)に参加したこともあって、組織課題を自分たち自身の議論のなかでボトムアップに積み上げていく自治の気運に触れ、深い喜びを感じたものです。

法人化の試練

 法人化という試練は、大学が、ボトムアップに湧きあがる組織の底力を証明する、正念場であると見ています。個々の成員が主体性を保障されてこその、底力です。しばしば、やる気を引き出すインセンティブということが言われますが、やる気のある者は本来黙っていてもやる気がある。やる気を阻喪した成員を想定して制度を導入しては、やる気のある者の主体的意欲が阻害されること避けがたく、結果として予算獲得用の押しなベた平均点に終わるおそれがありましょう。魅力のない組織像です。なにごとにも「打って出る」気質に満ちた広大に、そのような内向的な組織の論理は相応しくありません。ぜひとも個々の成員の意欲を汲み取る改革方針、例えば大学目標・部局目標といったトップダウンあるいは講座目標のごとき中間権力が個人目標を決定するのでなく、逆に、主体的に構想され公開批判を経た個人目標こそが個人評価の基準となり、またその積み上げが組織評価とされていく、そのような方向性を期待するものです。組織とは、人間的営為の前提ではなくむしろ結果であると思うものです。

総合大学の魅力

 以上はもっぱら教官の学問環境に紙幅を費やしてしまいました。最後に、学生諸君へのメッセージです。広大は「総合大学」です。だけど「就職先・企業集積地から物理的に遠い」。ぜひ「総合大学」の魅力を活用して、物理的な不利を克服し、将来を探りあてていってください。総合大学であるとは、実業的な専門能力を身につける以外に、同じキャンパスのなかで多様な教養に出会えるということです。企業が総合大学出身者を重視するのは、専門性のみならず総合能力を期待し、企業の将来を担う幹部候補としての人間の幅を期待するからです。教官の側としても、そのような社会的要請に応えていくべく、専門をわかりやすく説く親切な教師であると同時に、自己の研究の最先端を学生側にぶつけ、わかってもわからなくても何らかの若々しい反応に出会えることの喜びを、自己練磨の活力ともしていく、そのような講義姿勢が大切と思っています。

プロフィール
1988年 東京大学法学部卒業
1992年 米国ジョージタウン大学法学修士
1988〜1997年 日本輸出入銀行(現・国際協力銀行)勤務
1997年 広島大学大学院国際協力研究科助教授
専門:アジア法


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