サタケメモリアルホール落成記念 文・原田 康夫
( HARADA, Yasuo )
広島大学同窓会会長
広島市病院事業局長、事業管理者
オペラ椿姫公演を振り返って

 広島大学創立五十周年記念建物「サタケメモリアルホール」の完成を祝い、五月三十一日に挙行する式典行事と柿落としに何をするかの論議が出た時、私は華やかで悲しいオペラ「椿姫」の公演をすることにしました。
 具体的には、式典行事は私から広大へのホール引渡しや記念植樹、桂文珍師匠の講演「落語的学問のすすめ」を、椿姫は時間制限から、二幕と三幕のハイライトにして、翌六月一日に全幕上演することにしました。
 平成十一年の創立五十周年行事で、東広島中央公民館と広島アステールプラザで「蝶々夫人」を公演して既に四年近くになります。私は当時、現職の学長でしたので、舞台の企画にしてもなんとなく楽でしたが、今回は学外にいて企画したので何かと大変でした。
 オペラといえば経費も人集めも大変で、日本に数ある音楽大学や国立大学音楽科でも、今まで本格的オペラを上演したことなどあまり聞いた事がありません。東京音大が創立九十周年記念に「ラ・ボエーム」を公演したのが、トピックスになったくらいです。
 私は昭和二十九年から広島のオペラに関与しているのでオペラ界には顔が広いのです。オペラ上演には、歌手は勿論のことですが演出家と指揮者が大切です。演出家は新国立劇場所属の今井伸明氏、指揮は本学教育学研究科の久留智之助教授、合唱指導とガストン子爵の役を枝川一也助教授、オーケストラは広島交響楽団コンサートマスターの上野眞樹氏と私のバイオリンの先生中島睦さんにまとめてもらうことにし、バレー振り付けと闘牛士の踊りを池澤嘉信氏にお願いしました。
 オペラの主役は大変重労働なのでキャストは二組必要です。本番のヴィオレッタ役を地元の日越喜美香さん、五月三十一日は乗松恵美さんにお願いし、父親ジェルモン役は東京二期会の吉田敦氏、藤原歌劇団の牧野正人氏を招く事にしましたが、牧野氏は現在日本一のバリトンと言われるだけあって、なかなか時間がなく、公演の間際でないと来れない状況でした。アルフレード役は私が二日間務める事にし、フローラ、アンニーナ、医師グレンヴィル、その他は地元歌手を起用しました。
 そして、合唱メンバーは枝川助教授に音楽科の学生を中心に三十人を、オーケストラメンバーは久留助教授に学生サークルの音楽協議会から二十二人を選んでもらい、その他は中島睦さんのグループよりプロ三十一名を集め、オーケストラの編成も出来ました。
 残る舞台関係は、日本中どこにも負けない舞台にという演出家の意向で、専門業者の篠本照明とアースオールが本格的舞台設定を、衣装も十八世紀風の衣装を東京衣装に依頼し、全てが整うことになりました。
 メンバーの多くが広島在住なので、練習は我が家のビル二階にピアノを持ち込み、三月頃から立ち稽古やオーケストラ練習を開始し、学生の合唱とオーケストラは広大で徐々に練習を重ね、直前一週間のサタケメモリアルホールでの合同練習でまとめあげました。
 オペラの練習をホールで行うのは公演前日のゲネプロだけが一般的ですが、この度は柿落としのため、一週間前からホールで立ち稽古ができ、合唱の学生諸君の演技も日々上達し、本番では素晴らしい動きをみせてくれました。
 この間、私は本番三ヶ月前より経費捻出のためのチケット売りから、皆さんの練習にまで奔走し、大変でした。有り難い事にチケットは完売し、六月一日には入れない人も出る始末で、申し訳ないことになりました。
 椿姫の一幕はパリ、ヴィオレッタの家の夜会で、有名な「乾杯の歌」の二重唱、その後ヴィオレッタのアリア「ああ、そはかの人か」を日越さんは見事に歌い満員の聴衆を魅了しました。
 アルフレードのアリアで始まる二幕一場は、ヴィオレッタと父親ジェルモンの二重唱が圧巻で、牧野氏は素晴らし歌唱と演技で会場を魅惑してしまいました。オペラはマイクを使わない、声と演技での勝負です。サタケメモリアルホールは、床も壁も木目仕上げで響きが良い上、ホールは六角形に設計したので音の死角がなく、歌う側からも聴く側からも素晴らしい音響です。
 二幕二場はヴィオレッタの友人フローラの家の夜会、客に扮した学生の合唱も素晴らしく、池澤バレーの皆さん、華やかなジプシーの踊りや闘牛士の踊りがオペラに色を添えました。
 三幕では日越ヴィオレッタと私アルフレードの再会、「パリを離れて」の二重唱とヴィオレッタの死の場面では多くの人が涙を流し、オペラとはこのように面白いのかと、初めての人にも喜んでもらいました。
 イタリア語で字幕による上演でしたが、内容も解りやすく、皆さんが感動したという事を聞き、この椿姫を柿落としに選んでよかったと思いました。
 なお、この椿姫公演が大成功裡に終わったのがイタリアまで届いたのか、スポレート歌劇場から私達と共演したいと、今年オペラコンテストで優勝したヴィオレッタ役ノッヴェラ・バッサーノさんとジェルモン役ファビオ・クッチャルディ氏が来日し、十一月二十九日に、再びサタケホールで椿姫を公演いたしました。私の長い経験でも、半年間に同じ題目を二度演じたことはなく、良い思い出となりました。
 また、今回紹介した椿姫柿落とし公演は、本誌本号フォーラムギャラリーにて、誌上再現されておりますので、オペラ芸術の一端に触れていただければ幸いです。


広大フォーラム2003年12月号 目次に戻る